音楽雑文集


by yyra87gata

RCサクセションの夜明けは僕の夕暮れ。

 渋谷・道玄坂を登ったところに、ヤマハ渋谷本店がある。僕は高校の3年間、土日の大半をこの楽器屋で過ごしていた。今ではなくなってしまったが、店頭LIVEなる催し物があり、只でライブを見ることができた。もちろん、アマチュアバンドばかりだが、少なくても自分より上手な人たちばかりだったので、飽きることは無かった。ビートルズ風の人、クロスオーバーと呼ばれるインストの人、NSPみたいなフォークグループなど、多彩な音楽が土曜の昼下がりを包んでくれた。あと2年早ければ、山下達郎率いるシュガーベイブや、チャーのスモーキーメディスンなんてバンドを見ることができたそうだ。

 その日も本店に彼女を連れ立って、あても無くライブを見に行った。東急本店の方向から道玄坂に向かおうとしていた時、あるライブハウスの前に、いつもとは違う人だかりができていた。屋根裏というライブハウス。ちょっと異様な雰囲気。みんな目が血走っていた。中には「入れろー!」って叫んでいるやつもいる。隣で彼女の顔が曇る。僕はなんだかわくわくしている。
貼り紙には「当日券・売り切れ!」とある。「誰?」
RCサクセション(ゲスト春日博文・OZ)、とだけ乱暴な字で書かれていた。

d0286848_18555978.jpg
 そのあと、渋谷ヤマハ本店で何を見たのか全然憶えていない。RCが気になってしょうがなかったから。
まだ隔週発行だった「ぴあ」や「あんぐる」を読み漁り、RCの名前を探しまくった。屋根裏3日間連続公演は終わったばかりだった。
 RCがエレキバンドになっているということは、「新譜ジャーナル」で知っていたが、まさかあんな騒ぎになっているとは思わなかった。屋根裏なんてあんな天井の低いライブハウスが3日間満杯なんて信じられなかった。いてもたってもいられずに、プレイガイドにコネを持つ(プレイガイドに彼女がバイトしているだけだ)W君に頼んで、次のRCのライブを見に行くことにした。彼女とではなく、W君と一緒に行った。
 今は無き、久保講堂である。大変なライブだった。それまで見てきたライブのどのライブよりも音が大きかった。ハードロックのでかい音は倍音になり、結構大きな音でも慣れてくると気持ちよくなってくるものなんだけど、この日のRCの音は、生音がでかいというか、生身の音というか・・・。気に障る位とんがっていた。「僕の好きな先生」はそこには無かった。そして、この模様は『RHAPSODY』というアルバムになった。


 RCは不思議なバンドだ。清志郎は今でもたまにTVに出てくるけど、一貫して自然体である。人付き合いが下手で、平気で人を傷つける言葉を吐くんだけど、すごくナイーブで小心者。だから、ステージで大爆発しちゃう。RCは、そんな清志郎の周りに同じような輩が集まってできたようなバンドだ。
 TVKの「ヤングインパルス」「ファイティング80」という番組にもよく出ていたが(確かコーナーを持っていたんじゃないかな)、あまり話さないんだよ。司会の宇崎竜堂は、サングラスの奥でいつも目を白黒させていた。
RCは、とにかく売れなかったんだ。最初のシングルがちょっと話題になっただけで、あとは陽水の前座とか、矢沢永吉の前座だった。そこでいつでも毒づいているから、客からは総スカンを喰らっていた。喜んでいたのは泉谷しげるだけだったらしい。
 でもRCは紆余曲折しながら人員整理を行い、古井戸からチャボを引き入れ、再生した。音楽性が変わったように思われるかもしれないが、フォークギターがエレキギターになっただけで、RCは昔から、ロックだったんだ。時代が追いついたなんていったら、格好つけすぎ?
 シングル「雨あがりの夜空に」(1980)が当たり、ライブ会場はどんどん大きくなっていった。当時、野外イベントの目玉はいつもRCで、必ずトリのバンドを喰っていた。「ジャムジャム80」では、トリのアリスの頃には客なんて残っていなかったもん。RCサクセションは、長い暗黒時代から脱出した。
 
 うなぎ昇りの人気の中、アルバム『PLEASE』(1980)をリリース。『PLEASE』は、がっかりするくらい音の細いアルバムだ。いや、それまでのフォーク・スタイルだった頃のRCも「ライブは鬼気迫るのに、レコードになるとつまらないバンド」などと云われていた。カッティングの技術の問題からか、RCのサウンドはレコードになると音痩せして、その迫力が充分に伝わらないところがあった。しかし、『PLEASE』は、その音の物足りなさを差し引いても、珠玉のアルバムだ。仕事が無い時代に書きためていた曲が山のようにあり、煮詰まることはなかったと云う。

「別れたりはしない、嘘をついたりしない。上等の果実酒、暖かいストーブ、この部屋の中。
ダーリン、ミシンを踏んでいる」 ~「ダーリンミシン」

「モーニングコールをよろしく。たのむよ明日の朝、モーニングコールをよろしく。
本物の君のキスで目を覚ませる朝が来るまで、電話で我慢するさ」 
~「モーニングコールをよろしく」

「歌うのはいつもつまらないラヴソング、おいらが歌うのは安っぽいラヴソング。
そうさおまえが好きさ。おいらそれしか言えない」 ~「たとえばこんなラヴ・ソング」

 清志郎の書くラブ・ソングは、少しもつまらなくない。詞ヅラだけ見るとちょっと気恥ずかしいのだが、清志郎の歌になると恥ずかしくなくなってしまうところが不思議だ。パンク・メイクになってからのイメージと、あたたかい詞のギャップが、一筋縄ではいかないスゴさを醸し出してもいた。ロックは詞だ。

「あの夜初めて聞いたおまえのナンバー、唇にくっついたままそのまま」
「Sweet Soul Musicあのいかれたナンバー。シートにしみ込んでるおまえの匂い、他の女とは区別がつくさ」 ~「Sweet Soul Music」
当時、こんなにファンキーで素敵なナンバーを、あんなにもソウルフルに歌っているシンガーは他にいなかった。サム&デイヴや、オーティスの匂いがプンプンする。
「ぼくはタオル、汗をふかれる。冷や汗あぶら汗どろどろの。ぼくはタイル、便所のスリッパとなかよしこよしのお友達。ぼくはスルメ、浜に吊るされて、カラカラに干されて、あきらめても干されて、でもまだ干されてる」 ~「ぼくはタオル」
なんだこの詞は?と思ったけど・・・、清志郎らしい比喩法だ。

「オンエアーしてください。見たいのはロックショー。Yeahミスター・テレビ局のプロデューサー。ぼくは
毎日ほんとに孤独なんだ。友達はテレビだけ」 ~「ミスター・TVプロデューサー」

「いい事ばかりはありゃしない、昨日は白バイにつかまった」 ~「いい事ばかりはありゃしない」

「どっかの山師が俺が死んでるって言ったってさ、よく言うぜあの野郎、よく言うぜ。あきれて物も言えない」 ~「あきれて物も言えない」

ホリプロで飼い殺しにされていた頃のナンバーだろうか。
「ぼくはタオル」は、ホされていることへの怨みつらみが、「いい事ばかりはありゃしない」は、やることなすことうまくいかないことへの愚痴が、「あきれて物も言えない」は、自分を過小評価した奴への苦言がこめられている。
 ちなみに「あきれて物も言えない」の「どっかの山師」とは、泉谷しげるのこと。
 泉谷はもともと渋谷のライブハウス「青い森」にRCを観に来るファン(客)だった。泉谷の客を客とも思わない態度の芸風は、RCに感化されたところからきていると、泉谷もコメントしている。
 客だった泉谷は、いつの間にか「青い森」の《ゲテモノ大会》で歌い出し、レコード『泉谷しげる登場』もリリース。「春夏秋冬」のヒットもあり、その後フォーライフの一角を担うなど、順調に売れていった。
その泉谷がどん底にあったRCを見て、「清志郎はもう終わりだ」と云ったことに腹を立てて、この歌は作られた。もともとは「どっかの山師」ではなく「びっこの山師」と歌われていた。
そして説明不要の名曲「トランジスタ・ラジオ」

Woo 授業をサボって
日の当たる場所にいたんだよ
寝ころんでたのさ 屋上で
たばこの煙とても青くて
内ポケットにいつも トランジスタ・ラジオ
彼女 教科書広げてるとき
ホットなナンバー空にとけてった
Ah こんな気持ちうまくいえたことがない   ないあいあい

 のどかな高校生活。どこにでもいそうな落ちこぼれ。ロックン・ロールが大好きで。
自分の高校生活がだぶる。違うところは、僕は男子校だったから彼女が学校にいなかったことだけ。
曲は相当つまらないんだけど、あんなこっ恥ずかしい詞を臆面も無く歌えるところにシビレタ。

 いま、僕はちょっと大人になって「俺は○○(某ミュージシャン)と一緒につるんでた不良だった」という手合いと出くわすことがたまにある。「不良って云っても、俺ぁ根っからのワルだったけど、アイツはそれ程でもなかった」「大体音楽をやってるヤツがいくら「昔ワルだった」って云ったって、たかがしれてるんだよ」と、やっかみ半分か、ちょっと見下したような、有名になったそのミュージシャンをハンパ者扱いする。
 でも、僕は違うと思う。
 音楽をやってたからナマっちょろいんじゃなくて、音楽に目覚めたから、いつまでもワルぶったくだらない人生を歩まずに済んだんじゃないか…と。
 ギターは家にこもって一生懸命練習しなくちゃ上達しない。不良だろうが、ガリ勉だろうが、みんな毎日「運指練習」をして上手くなったことに変わりはない。それができないヤツは、何をやったって続かない。ハンパ者はどっちだ。・・・だったら、ロックに夢中になった不良って、いいよな。
清志郎はどんなに売れてなくてもアルバイトはしなかったらしい。バンドマンはアルバイトなんてしちゃいけないんだそうだ。売れなかったら女に食わしてもらえばいい、という考え。ある意味ピュアだったりする。そんなピュアな清志郎の「トランジスタ・ラジオ」である。
この歌は、授業をサボって煙草を吸ってたことを云いたいんじゃない。

君の知らないメロディ
聴いたことのないヒット曲

君の知らないメロディ
聴いたことのないヒット曲…
 
ベイ・エリアやリバプールから届いたこんなイイ音楽を、な~んで君はわかってくんないかなぁ… 
教科書を広げてる彼女との気持ちのずれ。
青春って、確かにそんなどうでもいいようなかなしさがある。

RCが好きになった頃、どうも彼女と別れた気がする。

2004年12月9日
花形
[PR]
Commented by yyra87gata at 2012-12-15 09:34
永ちゃん、いいですね。私も中学時代からのファンです。後楽園球場でのライブはTV観戦でしたが、正座して観てました。永ちゃんは一貫してROCKしてる・・・誰にも文句を言わせないところに惚れます。
by yyra87gata | 2012-12-12 18:55 | 音楽コラム | Comments(1)