音楽雑文集


by yyra87gata

ライブハウスについて

 未成年の頃は、何か背伸びをしてみたい年頃なのである。大人のマネをしてタバコを吸ってみたり、ちょっと悪ぶってバイクを乗り回してみたり、異性との付き合いもそのひとつかもしれないな。しかし、ちょっと悪ぶったところで、所詮高校生のすることはたかがしれているし、親や先生の目を気にしている時点で可愛いものなのだ。
僕の高校は、キリスト教の学校。一応進学校だったので、校則は結構厳しかった。下校中の買い食いや喫茶店への立ち寄りは禁止だし、タバコが見つかると常習者は退学処分にまで発展した。みんな隠れて喫茶店でタバコを吸っていたようだが、今思うと相当なリスクだったのだ。そんな中で僕が犯していたリスクは・・・。
ライブハウスへの出入りである。
今の時代であれば、なぁんだと思うことなのだが、当時はライブハウスに行く高校生はそんなにいなかった。
ライブハウスはタバコとアルコールが「つき物」であり、高校生の出入りするようなところではないのである。しかし、現在は高校生が制服姿でライブハウスに行くことも珍しくなくなってきている。それはきっと1990年代初頭のバンドブームから変革したのではないだろうか。バンドは生来不良のやるものと決まっていた。しかし、あの時は猫も杓子もバンドバンドで、親が子供にバンドを奨励していたぐらいだ。団塊の世代が親になり、必然的に起きたブームといえるのかもしれない。そして、ライブハウスがいつの間にか親公認の音楽の発表の場という存在になってしまった。後ろめたさも何も無いもんなぁ。
さて、それはそれとして、そのライブハウスだが、僕が高校時代に通っていた主なところは、
渋谷LIVE INN・・・ブルーズロック系
渋谷Egg Man・・・ポップス系
渋谷クロコダイル・・・ロック系
渋谷ジャンジャン・・・フォーク、ロック系
新宿ロフト・・・ロック系
新宿ピットイン・・・ジャズ
新宿ルイ―ド・・・ポップス系   などである。
ライブハウスでのライブはコンサートと違って、開演時刻も少し遅いが、その分終了時刻も遅かった。
ちょっと前までのホールコンサートは大体18時30分の開演で21時には終わっていた。多分、公共施設の貸し出し時間によるものなのだろうが、とにかく、アンコール含めて21時が目安だったと思う(今は条例の緩和かどうか知らないけれど、割合遅くなってきている)。
しかし、ライブハウスは関係ない。19時くらいからダラダラと始まる。休憩を入れたりしながら、22時くらいまで平気で演奏している。ジャズやブルーズはそれが顕著だった。
高校2年の時、ピンククラウドを渋谷LIVE INNで観たことがある。
彼ら3人はとにかくマイペースな人たちなので、客も十分それを理解しており、全体的にリラックスした雰囲気が漂っていた。19時開演だったが、時間が来ても始まる気配は一向に見えない。その間、客はずーっと立って待っている。タバコを吸いながら、ビールを呑みながら・・・。僕と友人のW君も大人たちに習い、制服姿だったが、煙を吐いていた。
チャーを先頭に舞台に3人が上がったときは、20時を過ぎていた。何とルーズなことか!その後、ライブハウスはバケツの水をひっくり返す勢いの盛り上がりを見せた。みんな若かったし・・・。
1時間ほど演奏すると、おもむろにチャーがMCを入れた。
「ほんじゃあ、ここで休憩を取ります。みんなもリラックスしててくれ。酒を呑むとか・・・。売上に貢献してやってくれ・・・なんちゃって!」
と言ったかと思うと、舞台袖から椅子が3脚とテーブルが運ばれ、ビールが設置された。
なんと彼ら3人は、舞台で休憩を取り始めた!客は大爆笑。野次を飛ばすが、3人は客を無視し続け、タバコを吸いながら談笑している。3人が休んでいるところを客は見ている。変な構図である。
15分ほどした頃、チャーが言う。
「そろそろ、残業に取りかかりますか・・・。」
3人はそれぞれの持ち場に戻り、またまた怒号のライブが始まった。
とても印象深いライブ体験である。コンサート会場には無いノリである。ちなみにこの日のピンククラウドはとにかくぶっとんでいて、ジョニーのドラムソロでは10分間ずーっとスネアを連打していたり、ルイスはベースをリードギターのように弾いていた(ちなみにピンククラウドのコアなファンの間では、ルイスはチャーよりギターが上手いとされている)。その後2回の休憩を挟み、ライブが終了した時は、24時を回っていた。当然、終電もなくなり、僕とW君は歩いて帰った。しかし家に帰らず、そのまま学校に直行し、朝方5時頃に到着、そのまま部室で寝ていた。
 
 
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 大学生になってからは、自分でもライブハウスに出演するようになり、ライブハウスの敷居も低く感じられるようになった。格好良く見えていた舞台の裏が意外にも狭かったり、汚かったりすると昔観たアーティストたちへ妙な親近感がわいてしまう。
ボウイを経て、売れっ子ギタリストである布袋寅泰は、ボウイだけでは食べていけない頃、泉谷しげるのバックをつとめていた頃がある。ライブハウスの狭い舞台や狭い更衣室で、あんな大男(185cmくらいある)が泉谷に怒鳴られて小さくなっていたかと思うと感慨もひとしおだ。
 ライブハウスは客との距離が近いので、ごまかしが効かない。ぽっと出のアイドルが、ライブハウスで勝負にならないのはこういうことだ。
 ビートルズはよく、演奏が上手くないと言われることがあるが、それは全くのガセで、彼らは当時のボーカル・インストゥルメンタル・グループの中では相当上手なバンドだったのだ。その理由は、ハンブルグやリバプールのライブハウスに出まくっていたことに起因する。下積み時代に相当なライブハウス体験をしているのだ。ハンブルグでは1日に3ステージをこなし、異国の小さなクラブの中でもがいていたのだ。当時の実況盤を聴くとリズムこそ危ういが、立派なコーラスとグルーブのある演奏をしている。
ビートルズが売れたことで、同じリバプールからマージービートサウンドがブームになった。二匹目の何とか、というやつだ。しかし、このブームがすぐに終息を向かえる。原因は、みんな演奏が下手だったからだ。ライブハウスにも出ず、いきなりレコーディング(演奏はスタジオミュージシャン)を行い、ヒットパレードに出演した。生演奏のできないバンドにバンドとしての魅力は無い。そんなアーティストは一時的な流行で終わるしかないのだ。そしてこのことは、情けないが、日本のGSブームが踏襲してしまう。だから、GSブームの時に活躍した人で今でも残っている人は、みんな演奏が上手いことで証明される。みんなライブを鬼のようにやってきた人たちだ。
(ザ・ゴールデン・カップス) ミッキー吉野、ルイズ・ルイス加部、柳ジョージ
(ザ・スパイダース) 井上尭之、大野克夫、かまやつひろし
(ブルーコメッツ) 三原綱木、井上大輔(故人)
(フィンガーズ) 成毛 滋
(モップス) 星 勝

 ライブハウスの魅力は、あの狭い空間に潜む爆発寸前のパワーが感じ取れることだ。それはホールや武道館では味わうことの出来ない見えない強力なパワーである。ライブハウスで大きくなったアーティストは多い。矢沢永吉は横浜や川崎、井上陽水やチューリップは博多のライブハウスで修行した。
ライブハウスで大きくなったアーティストは武道館の舞台に立ってもそのことを意識している。
「今日はちょっと大きなハコだけど、いつもと変わらないでやるよ。」(チャーが武道館に初めて立ったときのコメント)
「ライブハウス、武道館へようこそ!」(ボウイ・氷室が武道館に初めて立ったときのコメント)
「今、ここで演っているわけだが、今度ライブハウスというものに挑戦しようと思う!」(1988年コンサートツアー中の吉田拓郎がライブハウス公演に向けたコメント)

 僕は気が向くとライブハウスのスケジュールをインターネットで見る。新しいミュージシャンは良く分からないが、往年の名プレイヤーの名前を見つけるとワクワクしてしまう。まだ、歌っているんだなぁ、と嬉しくなる。間近で名演が堪能できるところがライブハウスの魅力だ。そういえば、昔よく渡辺貞夫を観に行っていたが、新宿厚生年金で観るよりも、六本木ピットインで見た方が感動したものなぁ。グルーブが伝わるというか、ミュージシャンの息づかいまで聞こえるところがいいのかもしれないね。
しかし、最近ライブハウスの経営もキツイようで、古くからの伝統的なハコが消え始めている。大きな資本の入った近代的な小ホールが続々建築されている。小ホールだからいいってモンじゃあないんだよなぁ。ちょっと暗くてタバコのにおいが充満していて、無造作にスピーカーがドカンと置いてある昔ながらのコヤじゃないと雰囲気が出ないね。パワーの源という感じかな。

2005年3月19日(土)
花形
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by yyra87gata | 2012-12-13 00:37 | 音楽コラム | Comments(0)