音楽雑文集


by yyra87gata

音楽とのかかわりかた

 20年前のことだ。大学に入り、程なくして加入したバンドは同じ倶楽部の先輩たちが中心になって作ったバンドだった。「お笑い」あり「下手な演劇」ありのウケれば何でもやろうというバンドで、音楽は二の次だった。そんなバンドでもリーダーのHさんは大学を卒業して今では全然珍しくないが、当時は後ろ指をさされる存在の「フリーアルバイター」でがんばってバンドを維持しようとしていた。Hさん以外はみんな学生だったので、逃げ場はあったのだろうが、何人かはプロになりたいという意識がだんだんと目覚め始めていた。
  僕がそのバンドで活動したのは約2年間だった。都内のライブハウスを中心に活動し、コンテストも頻繁に出場した。そして、コンテストに応募し始めて2年目には、どのコンテストでも決勝大会まで進むレベルにまで達していた。ただの仲良しバンドがだんだん音楽に目覚め始めた時期だった。
 しかし、僕はというと音楽性についてそのバンドに求めるものは無く、みんなで和気藹々に活動できればいいと考えていた。僕は「東京おとぼけキャッツ」や「ビージーフォー」のようなコミックバンドが好きだったので、そのバンドに「楽しいライブ」を求めていた。内輪ウケで十分だった。なぜなら、そのバンドが音楽でブレイクするなんて思えなかったからだ。
その後、そのバンドは僕の好きな「ライブ」よりもコンテストに出場すること、つまり是が非でもプロになりたいという欲求がメンバー内に増殖し、僕のイメージするバンド像から離れて行った。
コンテストという10分程度の限られた時間の中で自分達を表現しなければならない。しかし、そのバンドの良いところはそんな少ない時間で表現できると思えなかった。渋谷公会堂や中野サンプラザ、FM東京ホールなどいろいろな舞台で演奏したが、時間があまりにも短すぎた。結果は押して知るべし。そんなこんなで僕はコンテストに嫌悪感を抱くようになってしまった。
 バンドメンバーはみんな好きだったが、バンドが嫌いになったというのが僕の本音だった。
 僕はバンドリーダーのHさんに手紙を書いて、バンド脱退を告げた。他のバンドメンバーには一切相談もしなかったので、少なからず関係が悪化するかと思ったが、相談してどうなるものでもないし、バンドメンバーのみんなも深く考える性質ではないので、その後もいつものように馬鹿な話ができた。

 僕が脱退した5年後、そのバンドは東芝EMIからデビューした。バンドメンバーはみんな大学を卒業してミュージシャンの道を選んでいった。好きなことをして暮らしていければ最高であるが、そんな簡単なことではなく、食えない日も続いたり、アルバイトしながらライブ活動を続けることもあったようだ。みんな20代で結婚もしておらず、好きなことをしていれば苦労とは思わなかったのだろう。
そんな時、僕は就職をしてその後結婚をした。そのような状況で彼らを見続けていたが、決して負け惜しみではなく、自分の在籍していた頃が一番良かったと感じていた。彼らは「音楽業界」「一般ウケ」などといった型にはめられた分、破天荒さが失せてしまい、こじんまりした印象だけが残ったからだ。
そして音楽界の荒波に揉まれて、そのバンドは3年後には活動停止状態になり、解散した。
音楽業界に残るもの、家を継ぐもの、別の世界に飛び込んでいくものと彼らは様々な生き方を選択していった。丁度、音楽業界は1990年の空前のバンドブームを境に斜陽を迎えていた時期だった。
「バンド活動ができた。ライブができた。CDが出せた。もう何もやることは無いよ。」
バンド活動を終えたときにバンドメンバーのひとりが話してくれた。
音楽については、きれいさっぱり未練は無い・・・そんな心境になったことが無いのでこんなに潔く音楽から足が洗えるものか、と疑ったが、彼は現在も音楽を聴くことすらしないそうである。
やりきってしまった・・・の?
僕は音楽が無い生活は考えたことが無かったので、彼の言葉や音楽の無い生活が信じられなかった。しかし最近、大学時代の音楽倶楽部の友達と再会する機会があり、近況を聞くと、驚くべき答えが返ってきた。みんな口をそろえて言う。当時あんなに活動していた「音楽」は彼らの生活に存在していないのだ。当時触っていたギターやベース、キーボードは部屋の隅に追いやられ、ライブに行くことも無く、年に数回カラオケに行くぐらいだという。当然、当時好きだったミュージシャンを追い続けるわけでもなく、その代わりといっては、妙にアイドルや流行歌に詳しくなっていたりして・・・。つまり、生活に聞こえてくる音楽だけと接しているのだ(音楽と接するというより、惰性で入ってきている?)。
でもそんな彼らを不思議に思っていた僕が逆に不思議がられた。「まだやっているの?」と。
僕は物心ついた頃から音楽に囲まれて生きてきた。小学校低学年からはエレクトーンを習い、楽譜へのアレルギーも無い。中学ではドラムやギターを手にし、音楽へ没頭していった。レコードやラジオを聴きまくり、ライブへと出かけ、それが今でも時間が許す限り続いている。
時間があれば、CDショップや楽器屋へと足を運び、面白そうなイベントがあれば、初めて行くライブハウスにも躊躇無く入り、ティーンエイジャーの中でも平気だ。(成長してないのか?)
最近こんな新聞記事を見た。                         
「フォーク居酒屋・大盛況!サラリーマンの憩いの場。当時燃えたあの歌を生演奏で歌いまくる」
学生時代にギターで弾き語りをしていたあの頃と同じように、呑みながら見ず知らずの人間どうし、みんなでミニコンサート状態になるとか。楽器や音響設備も完備してあり、誰でも参加できるところが受けているらしい。そしてこういった居酒屋が全国的に増えてきている。
団塊の世代が会社から卒業する時期が近づき、先が見えてきた今、本当に楽しかったことは何なのかを確認してみた結果こういった集まりに参加し、疑似音楽倶楽部(疑似バンド)をもう一度体験したい、というサラリーマンの声が印象的だった。
僕は、学生時代から今でも音楽に囲まれて生きてこられた幸せを感じながら、記事を読み終えた。

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 実は、先日浦和のフォークバーに行ったばかりだった。
吉田拓郎を中心とした70年代フォークの巣窟のようなバーである。当然弾き語りができる環境もある。毎月「朝までライブ」というイベントを開催しており、吉田拓郎を中心に100曲くらいをみんなで歌うらしい。かなりディープな印象を持ったが、歌いたい欲求に支配されている団塊の世代やフォークマニアにとって居心地の良い場所なんだと納得した。でも僕はそこに参加することに躊躇している。理由は、現役で音楽をやっているというちょっとの自負と、自分に素直になれていないこと。いや、後者だけかもしれない。

2005年5月19日(木)
花形
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by yyra87gata | 2012-12-14 12:07 | 音楽コラム | Comments(0)