音楽雑文集


by yyra87gata

誤解を受けてた「さだまさし」

  
d0286848_12105850.jpg
 タモリが彼をプロパガンダした罪は、計り知れないものがあっただろう。少なくとも「さだまさし」が好きというだけで判断されてしまう要素を喧伝したからだ。
「さだまさしは、暗い。それを聴いているファンはもっと暗い。海が死ぬわけないだろう!」今聞くとものすごい攻撃だ。しかし、中学生当時の僕は、すでに吉田拓郎や甲斐バンド、矢沢永吉などといった男くさいアーティストが好きだったので、タモリのこの言葉が素直に入ってしまったのだ。このことで、さだまさしが僕以外にも相当数のファンを失ったことは明白だ。中学生や高校生のレベルでは、影響力のある芸能人の言葉が絶対になるときがあるからだ。しかし、中学時代から作詞や作曲の真似事をしていた僕にとって、さだまさしは「暗い」だけでは済まされないアーティストでもあった。あんなにきれいな日本語をよく知っているなぁと感心したり、彼のアコースティックの絶妙な響きは認めざるを得なかった。そしてテレビやラジオでの絶妙なトークが後押しした。もちろん全てを認めていたわけでなく、線の細いヴォーカルでハードな曲は無理があったし、やたらとNHKに出て、大人達のご機嫌を取っているように僕の目には映っていた。なにせ、キャラクターとして線が細いので男受けはあまりしなかったのかもしれない。でも僕は意識はしていなかったが、隠れファンだったのかもしれないと、今思う。
 そんなさだまさしなんだけど、昔から大好きな1曲がある。
さだまさしが世の中にソロシンガーとしてブレイクし始めた1977年あたりの作品で、
「吸殻の風景」という曲だ。
僕が買った初めてのさだまさしの4曲入りのシングル盤(「雨やどり」と「吸殻の風景」という2枚のシングルのコンピレーション盤)の中に入っていた曲だ。(アルバムは「風見鶏」)
当時、僕は中学生だった。僕の目的は「雨やどり」というコミカル&ハートフルな作品目当てでレコードを購入した。「雨やどり」は中学生が聴くには聞きやすい歌で、ヒットもしていた。しかし、この4曲入りシングルを聞き込んでいくにつれて「吸殻の風景」の方が気に入ってしまった。
理由は、さだまさしには申し訳ないのだが、リズム隊がすばらしいということが第一要因だ。アコースティックギターのカッティングに絡むベースラインとヴォーカルに絡むハイハットとスネアのリズミング。完全に楽器全体が歌っていた。ドラムとベースだけ聞いているとまるでタワー・オブ・パワーのようだ。
クレジットを見るとドラム:村上秀一、ベース:岡沢章、アコースティックギター:石川鷹彦とあった。なるほど。「吸殻の風景」は、さだまさしの歌の中ではアップテンポの部類になるが、ヴォーカルも上手い具合に溶け込んでいて、タバコをくゆらしながら、昔話をする男女の風景が甦る名曲だと思う。今でも好きな1曲である。
僕のようにバックミュージシャンからさだまさしに入っていく人は珍しいのかもしれない。
なぜなら、さだ作品の醍醐味は詩の世界が際立っていると思うからだ。言葉の響き、旧かな使いを用いた詩などは、当時の流行歌と一線を画していた。描写や言葉の使い方は絶妙で、詩の世界は大学入試にも採用されたこともあるほどだ。
また、さだまさしは吉田拓郎と一緒で、よく自分の人生を切り売りして歌にすることがある。「精霊流し」は生まれ故郷の長崎を歌う名曲だし、前述の「雨やどり」や「親父の一番長い日」は妹の結婚にまつわる話を兄貴の立場から歌にしている。とても説得力がある。
それから、物語のように1つの作品で起承転結を付けながら延々と歌い上げる作品もある。「風に立つライオン」などは、荘厳な気持ちになる。

 僕はさだまさしを観ていて本当にすごいと思った瞬間がある。
1985年6月15日、国立代々木競技場は5万人の観衆で溢れかえっていた。民放ラジオ全局が協賛し、「ALL TOGETHER NOW」というイベントを開催していた。吉田拓郎が司会者になり、数多くのアーティストたちが出演していた。観客の目当ては、サザンオールスターズと佐野元春、サディスティック・ミカ・バンドと松任谷由実の競演や、はっぴいえんどの再結成だった(オフコースと拓郎の競演もあったが、お互いのファンから苦笑を浴びていた)。そんな中、さだまさしはアコースティックセットで出演。イルカや南こうせつと同じステージに登った。観客はトイレにたつもの、食料を補給するものなどざわつき始めていた。僕もそれまでの大音量の舞台(さだまさしの登場前はバウワウの山本恭司が白井貴子と大音量のステージを終え、その後も山下久美子やチェッカーズなどが熱いパフォーマンスを繰り広げ、観客は興奮状態だった)で感覚も麻痺していたので、妙な一服感でさだまさしをぼんやり観ていた。
さだまさしはギター1本で歌い始めた。
「秋桜」である。山口百恵が歌ったものしか聞いたことが無かった僕は、彼の表現力と5万人の大観衆を黙らせてしまうほどの鬼気迫る演奏に見入ってしまった。ひとことひとことかみしめるように歌うさだまさしがものすごく大きく見えた。歌い終えた瞬間、大声援に彼は軽く手を上げて挨拶した。
これが弾き語りの本当のパワーなんだと実感した。

 さだまさしは自身が製作した映画「長江」で大赤字を抱えた。負債が溢れ、せっかく立ち上げたオリジナルレーベルの「フリーフライト」も暗礁に乗り上げるのでは、とまで噂されたりもした。しかし彼は負債と真正面から向き合い、地道にコンサート活動を続ける。紅白歌合戦にまで出場している歌手が、ギター1本で見知らぬ街の公民館で歌う。歌が好き、人とのふれあいが好き、歌う場所があればどこへでも行く。そして借金返済。・・・借金はもう返したのかな。
最近では、声を酷使したツケが回ったのか、それとも歳のせいか、以前のようなソプラノヴォイスが出なくなってきている。最近のCDを聴いても顕著に現れるので、ライブならなおさらだろう。さびしい限りだ。僕は拓郎や泉谷のような男らしいヴォーカルのほうが性に合うのだが、さだまさしの魅力は理解しているつもりである。高校時代では理解できなかった魅力が社会人や親になってようやくわかったということもある。特に詩の世界の深さに感銘させられる。高校生で「親父の一番長い日」は理解できなかったものなぁ。
周りの体裁を気にせず、好きなものは好きと言えないと損をする、ということをさだまさしで実感しているので、彼の声が出るうちに、1度でいいからコンサートをしっかり観てみたいものだ。

2005年5月20日(金)
花形
[PR]
by yyra87gata | 2012-12-14 12:11 | 音楽コラム | Comments(0)