音楽雑文集


by yyra87gata

『23区コンサート・東京旅行』  小室 等

  今、小室というと小室哲哉になってしまうが、我々の世代は小室等なのである。小室哲哉は「コムロ」または「TK」、小室等は「小室さん」というイメージであるな。ま、そんなわけで小室等なのである。
小室さんは昔から仙人のような風貌で、30年前からおじいちゃんの匂いがするのは僕だけだろうか。「あれしろ、これしろ、人生とは~」などといった説教くさい歌が多いフォークソングの中で現代詩人・谷川俊太郎と組んで和歌のような詩に曲をつけてみたり、別役実や寺山修司といった演劇系の人ともよく組んで曲作りをしていた。独自といえば独自だが、他にやっている人を見たことが無いだけか・・・。
70年代初頭のフォークソングやロックは、まだ日本では確立されていない音楽であり、サブカルチャーであった。小室さんはその中でフォーク代表みたいな顔役で、テレビやラジオでのスポークスマン的役割だったように思う。当時のテレビで岡林信康や吉田拓郎に話を聞きに行っても、悪態をつかれるだけのようなイメージがあるが、小室さんだったら分別ある大人ということで接してくれる気がしない?
だからというわけではないかもしれないが、テレビやラジオの仕事、特にフォークシンガーの中でもテレビの仕事が多かったように思う。
ドラマ「木枯らし紋次郎」や「高原へいらっしゃい」などの音楽は超有名。そして、毎年必ずどこかの局のテレビドラマの音楽を担当していた。「吉井川」「熱い嵐」「想い出づくり」「早朝スケッチブック」「蝉しぐれ」など数多くのドラマ音楽を手がけた。また、TBSの夕方のニュース番組「テレポート6」のテーマソングやドキュメント番組やCMのナレーション、果てはNHK連続ドラマ小説「まんてん」に役者として出演など、ただのフォークシンガーの活動ではない。
 そんな小室さんの1枚は、1978年のライブを収めた『東京旅行・東京23区コンサート』である。東京23区の区民会館クラスのホールを23箇所廻るコンサートで、各会場にはその地区にちなんだゲストを呼んでいる。ゲストはミュージシャンに留まらず、劇作家や映画監督、弁士までもが飛び出す。
心温まる歌や叙情的な歌、シニカルな歌などが長年日本を見続け、サブカルチャー側からの視点で切りつけてくる。小室さんは酔うと「何故、戦争はおきる?」とクダを巻く。しかし、それは普段おとなしい温和な人柄からくる反動であり、平和運動もおこなっている日常からの叫びともいえる。
 
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23区コンサートといった精力的で地道な活動は、1回にとどまらず、3年後の1981年には第2回目が行われた。ライブをやっている人ならわかるだろうが、短期間に同じエリアでライブを行うことの難しさといったらない。しかも23回のライブを3ヶ月弱で廻るんだから恐れ入る。
僕は、2回目の23区コンサートに参加した(新宿区)。その日は丁度ツアーの千秋楽で、会場も日本青年館。各会場に呼ばれたゲストも一同に集結し、盛り上がった。そしてゲストの人たちが口々に
「小室さん、こんなに人が集められるんですね。私の時は両国公会堂で、人が集まらなくて苦労しましたよね。」(谷山浩子)
「舞台で靴を脱がされて、靴下で演奏しましたな。あれは、葛飾でしたっけ。」(井上尭之)
「僕には23区廻ってコンサートをする勇気も無ければ、根気も無い。」(井上陽水)
「打ち上げで連れて行ったところは、ゲイバーでしたね。でも、僕は途中で彼女(?)と消えてしまったんですけど・・・。」(三上 寛)と、東京旅行を振り返る。
『23区コンサート』はLP2枚組みで発表された。曲間にはコルグのギターチューナーのカチャカチャといったSEが入っており、フォークコンサートの雰囲気を醸し出している。
 宇崎竜童は1997年と1998年の2年間、23区コンサートを開催した。もちろん小室さんに影響されてのことらしい。こういった地道な活動と文化は継承されるものだ。
小室さんは未だ現役。長女のこむろゆいと一緒のステージにも立つ。僕の長女が聞いていたアニメの歌が素直でステキだったので歌詞カードを見たら、歌はこむろゆいだった。小室さんのDNAを引き継いでいるな・・・。

2005年6月27日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-14 15:57 | アルバムレビュー | Comments(0)