音楽雑文集


by yyra87gata

『情事』  矢沢永吉

 小学校の音楽担当の佐久間先生は、いろいろな音楽を教えてくれた。ピアノを弾きながら合唱をしたり、リコーダーを吹いたりしながら教科書に記載されていた歌を中心にさまざまな歌を教えてくれたが、レコードを使って僕達の知らない音楽も紹介してくれた。
ビートルズやPPM、森山良子や赤い鳥など今思うと無難な選曲であったが、教科書にはないモダンな曲を聴くことができるだけで僕達は満足だった。しかし、佐久間先生が紹介してくれた中で唯一不思議な音楽がひとつだけあった。
 矢沢永吉である。佐久間先生はクラッシックピアノを弾き、笑顔がとてもチャーミングな女性で、新卒で僕の小学校に赴任した先生だった。おっとりした口調でやさしい印象の先生だったが、永ちゃんの話を始めると熱くなっていった。さすがにツバは飛ばなかったが、「よろしく!」と云っていた気がする。
先生が良くかけてくれたレコードは当時発表されたばかりのセカンドアルバム『A DAY』(1976)だった。
キャロル解散後、ソロ活動に入った永ちゃんはキャロルを断ち切るため、曲重視のロッカバラッド的な作品を多く発表していた。ソロ第一作の『I LOVE YOU OK ?』(1975)も、もともとはキャロル時代に作ったらしいが、あえて発表しなかったという。キャロルを売り出した時のスタッフがその曲を認めなかったようで、そのことを後々まで恨んでいた(激白本「成りあがり」より)。
その反動か、気持ちの良いストレートなバラードが初期の作品には多く見られる。
佐久間先生も「A DAY」がお気に入りで、よく口ずさんでいた。
僕の永ちゃん体験は、佐久間先生の歌うロックンロールからだった。
 その後、永ちゃんは、日比谷野外音楽堂、日本武道館、後楽園球場とコンサート会場を大きくしていき、最後はアメリカに渡ってしまった。
僕は小学4年生で聴いた永ちゃんを忘れることができず、その後も彼を追い続けた。「黒く塗りつぶせ」をバックに焼きそばのTVCMに本人が登場した時は、TVに向かって「永ちゃーん!」と叫んでいたし、資生堂のTVCMに「時間よとまれ」が採用された時は、意味も無く化粧品売り場を徘徊し、ノベルティをもらってきたり、と完全に永吉中毒だった。後楽園球場ライブがTV放送された時などは、正座して2時間見ていた記憶がある。
理由も無くバスタオルを背中にしょって家の中を歩いていると、お袋がハナで笑って言った。
「それじゃただの湯上りだよ。長いほうき持って構えなきゃ永ちゃんには見えないよ。」

 永ちゃんがアメリカに行ってしまったあたりから何故か遠い存在になってしまい、僕は聞かなくなっていった。ドゥービーブラザースとセッションを重ね、日本武道館で凱旋公演を行ったときはさすがにたまげたが、垢抜けすぎてしまっていて昔のギラギラした感じが伝わってこなかった。
そんな永ちゃんを再び見直した作品がある。『情事』(1989)である。「Somebody's Night」のヒットもあり、商業的にも成功を収めた作品である。ホーンを多用しバブル期の音がしているが、永ちゃんのギラギラ感が甦った気がした。70年代は山川啓介や西岡恭蔵とのコンビが主だったが、男の色気と欲望がゴージャスに展開される作詞家・売野雅勇とのコンビは新たな発見であり、成功だったと思う。
とにかく1曲目からラストのバラードまで矢沢ワールドが展開する秀作だ。
 
 
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 永ちゃんを聞いていた小学生高学年の頃、僕はことある毎に音楽室に行っては、レコードを聞かせてもらっていた。歌詞カードなんて見てもよく判らなかった内容の歌を佐久間先生と聞いていた。レコードを聴いていた放課後は、幸せな時間だった。
佐久間先生は今でも永ちゃんを聞いているのかなぁ。『情事』の感想を聞いてみたい・・・。

2005年8月19日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-16 08:52 | アルバムレビュー | Comments(0)