音楽雑文集


by yyra87gata

『あ・り・が・と・う』  中島みゆき

 いつから中島みゆきはあんな男っぽい歌い方になったのだろう。少なくともデビューから5~6年はあんな歌い方はしていなかったと思う。のどをふりしぼりながら、字余りソングをまるで吉田拓郎のように歌っている。
僕の中の中島みゆきは最近のヒット曲で例えるなら、「地上の星」より「ヘッドライト・テールライト」だ。フォークソングの王道をいく作品だと思う。
 中島みゆきはポプコン出身で、世界歌謡祭でグランプリをとり、表舞台に出てきた。
北海道出身の叙情派として最初は話題になったが、いつの間にか失恋ソングの代名詞になっていった。歌はとにかく「暗い」というイメージが世間一般に知れ渡り、歌謡曲畑の人との仕事も「失恋ソングの依頼は中島みゆき」という風評ができていたらしい。
本人はどこ吹く風か、ラジオパーソナリティーとして一世を風靡しており(メチャクチャ明るい放送でこの人が本当にあのくらい歌を作る人なのかという疑惑も出たほど)、新たなファンを開拓していった。
 僕が中島みゆきの歌を最初に聞いたのは、昭和女子大の文化祭だった。僕の友達のお父さんが昭和女子大の教授で、校内の社宅に住んでいた。だから僕は彼の家に遊びに行くたびに、昭和女子大の中を歩いていき、奇異な目で見られていた。そんなこんなで、昭和女子大の文化祭があるというので、見学に行ったことがある。確か中学生の頃だ。
初めて入る女子大の校内は、僕ら男子校に通う者にしてみれば、花園であった。“何でこんなに女の子がいるんだろう”なんてアホみたいなことを思いながらいろいろなブースを見学していった。女子大ということもあり、茶道部や華道部といった女性特有のクラブ活動の催し物が多く、ちょっと飽き飽きしていたところだったが、校舎の端っこに引き込まれるように足が向き、暗幕をくぐっていた。
そこでは、大学のお姉さん達が楽器演奏をしていた。・・・ライブハウスである。
ベース、パーカッション、ギターとヴォーカルの3人組みのフォークバンドが演奏中だった。しっかりとしたリズムが刻まれ、そのリズムに乗る形で、ギターとヴォーカルが絡む。何て上手なんだろう・・・と感動した。
演奏していた曲は、中島みゆきの「ホームにて」だった。あの叙情的な風景が浮かび、車掌さんの声が僕の中にコダマした。中島みゆきの「ホームにて」を聞いたときはこんなに感動しなかったのに・・・何故か僕はお姉さん達の「ホームにて」にえらく感動した覚えがある。
そのバンドは中島みゆきの歌を中心に演奏していた。他に「トラックに乗せて」や「アザミ嬢のララバイ」「時代」などを演奏していた。
アマチュアバンドを観てきた中で感動した最初のバンドだったんじゃないかなぁ。
気負うことも無く、自然体で演奏している彼女達は、みゆきの素直な歌に合っていたんだと思う。
僕は文化祭を後にすると、レコード屋に飛び込んでいた。発表されていた中島みゆきの『私の声が聞こえますか』(1976)と『あ・り・が・と・う』(1977)を購入した。
 特に『あ・り・が・と・う』は、「わかれうた」(1978)でブレイクする直前の作品なので、アルバム全体に勢いが感じられる。
僕の中でd0286848_971084.jpg中島みゆきというと、どうもあの頃のイメージなので、最近のどんどんハードになって行く作風には興味がない。
「空と君のあいだに」なんて、詞や歌い方は、もろ拓郎だもんね。みゆき自身、昔拓郎のファンだったらしいよ。そういえば、拓郎がみゆきの「ファイト」をギター1本で弾き語りをしたことがあったけど、拓郎の歌のようにきこえたしなぁ・・・。

2005年8月22日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-16 09:07 | アルバムレビュー | Comments(0)