音楽雑文集


by yyra87gata

『ダブル・プラチナム』  KISS

 
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「武道館の1Fの南ブロックの柱にはいまだに潰れたハエの跡があるの知ってる?え?知らないの?柱にハエが染み付いちゃっているんだよ。何でか?それはね、KISSが初来日した時のこと・・・。赤いランプが灯るアンプにエースがギターのシールドをガチャッと入れた。マーシャルから出るノイズはジーッといってる。エース・フレイリーはおもむろにフルアップにヴォリュームを上げ、ギュイーンとチョーキングをした。大音量が武道館に響き渡った!すると、あまりの大音量で、飛んでいたハエが音圧と風圧でバチーンと柱に叩きつけられ潰れたんだよ。ホントだよ。」
僕はその話を信じた。「すごいね。やっぱりKISSはすごいうるさかったモンね。さすがだね。」
その友達は笑いながら、「嘘だよ。何マジになってんの?」
僕は騙された気にはならなかった。
僕は何故信じたか・・・。だって実際にその武道館に行っていたからだ。ハエが潰れたところは見ていないけれど、それに値する大音量を全身に浴びたことを記憶しているからだ。ハエが潰れても不思議じゃなかったのだ。

 KISSは70年前半にデトロイトで結成されたハードロックバンドである。歌舞伎の隈取からヒントを得たと言うメーキャップを施し、ある種キワモノ的に注目された。しかし、キワモノでも徹底したプロモーション、テクニック、パフォーマンスで本物の人気を博すようになるまでにはそんなに時間はかからなかった。歌以外でもアメリカン・コミックのキャラクターになったり、メーキャップの下の素顔を追いかけるパパラッチを煙にまいて派手なカーチェイスをしたり、挙句は素顔に100万ドルの懸賞金まで付けられるようになったり、と何かと話題に事欠かなかった。
ライヴパフォーマンスは、音とビジュアルで訴え、演出上の大仕掛けに定評があった。舞台のあらゆる所から炎があがり、天井を焦がすまで吹き上がる。挙句はジーン・シモンズの口から炎が噴射される。床がせり上がり、地上10mの高さでエース・フレイリーやポール・スタンレーがツインリードを決める。ベースのジーンシモンズは演奏しながら血を吐き、エースのギターからは炎を吹き上げる始末。まるでハードロックにサーカスの要素を取入れた感じだ。
 ロックに目覚め始めた中学生をノックアウトするには十分すぎるパフォーマンスだった。どちらかというと、僕はブリティッシュ・ロックと日本のフォークから足を突っ込んだクチだが、こんなバカっぽいパフォーマンスを見せられたら、イチコロで、直ぐにレコードを買いに走っていた。

 KISSの70年代のアルバムは、ロックの名盤ぞろいであるが(『デストロヤー』(1976)『ラブ・ガン』(1977)など)、KISSはビジュアルが伴ってナンボのバンドだから、レコードで1枚1枚チマチマ聞くより、ベスト盤やライヴ盤で盛り上がっちゃった方が楽しめると思う。
『ダブル・プラチナム』(1978)は2枚組みのベスト盤。アルバムタイトルにプラチナレコードを称する名称を使用していることから、いかにこの時のKISSの勢いがわかる。このアルバムは新録音が施されており、「デトロイト・ロック・シティー」のエンディングの爆発SEはピアノのカットアウトで終わるなどセンスの良いアレンジもなされている。中学生が2枚組みのLPを買うことは勇気がいる行為だったが、確かおばあちゃんにねだって買ってもらったと思う。当然バンドの写真は見せられなかった。もし見せて腰でも抜かされたらたまったものじゃないと中学生ながら思ったのだろう。
 KISSはその後、バンド活動をずっと続け、メンバーチェンジやメイクを落とした素顔でプレイして話題をまいていたが、やっぱり70年代の勢いにはかなわない。4年前にフェアウェル・ツアーを見たが、盛り上がる歌は70年代の作品ばかりだし、ファンもそれを求めていた。厳しいようだが、ロックの古典として伝統芸能のようになっているのでラスベガスあたりでKISSショーとしてバンドを続けていけばいいのではないだろうか。なぜなら、フェアウェル・ツアーを3年以上もやっているバンドに未来を感じないからだ。

2005年12月1日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-17 13:16 | アルバムレビュー | Comments(0)