音楽雑文集


by yyra87gata

『ごあいさつ』  高田 渡

 
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 スポットライトにぼんやりとその人は映し出され、猫背の姿で体を小さくしてギターを爪弾いていた。“さんじょーへいかなくちゃ・・・”名曲「コーヒーブルース」である。
頭も髭も白くなり始めた高田渡を偶然見たのは、今から20年も前のことだ。たまたま、見に行ったイベントに急遽高田渡も出演することになったのだ。
約1時間のステージだったが、ほとんど客とのやり取りで、その合間に歌を歌う感じだった。客も酔っているし、高田渡はもっと酔っている。そんな酔っ払いのやり取りを聞いていると、見ている僕も飲まずにはやってられない。酔っ払いの集会場と化した渋谷エッグ・マンは、普段はシティポップスやロックビートに包まれるお洒落な箱だったが、その時ばかりは、吉祥寺の曼荼羅かと思わせる下品さだった。
「ねこのねごと」「値上げ」「生活の柄」など高田渡の十八番が続き、司会の山本コータローに引きずりおろされるように舞台を去った。コータローは続けてMCした。
「高田渡でした!今日は眠らずに終えることが出来ました。あと30分あったらきっと寝ていたと思います。さ、ここで私も登場させていただきまして、渡と一緒に武蔵野タンポポ団の再結成をしたいと思います!渡!戻って来いよ!・・・・え?寝ちゃったの?おいおい・・・。」

 高田渡のステージを見たのは後にも先にもこの1回だけだ。高田渡は、アメリカン・フォークに強い影響を受けている。ウディ・ガスリー、ジャック・エリオット、ボブ・ディランの曲に彼のオリジナルの詞を乗せて歌うスタイルをよく取っており、その内容がかなり辛らつなメッセージ性の強いものであった。先にあげたアメリカン・フォークの巨匠たちもメッセージ派のアーティストだし、高田渡が登場した時代背景もプロテストソングが幅を利かせている時だったので、自然の流れでシニカルな歌が多く歌われたのだろう。「自衛隊に入ろう」なんて歌は安保運動が盛んな頃に作られ、憲法第9条を煽った作品として後世にまで語り継がれる名作だ。聞いた話だが、歌詞もよく理解しないまま、防衛庁が自衛隊のPRソングとして「自衛隊に入ろう」を採用させてくれ、と言ってきたそうだが、高田渡は歌詞をよく見ろとだけコメントしたようだ。
 彼のギター奏法はカーターファミリーピッキングとブルーズなアルペジオが主で、ブルーグラスの影響が聴き取れる。トーキング・ブルーズの歌唱法をよく用い、説得力のある歌い方が特徴である。いや、何てことのない詞でも、説得力があるように聞こえてしまうのだ。

 高田渡のアルバムは、当初URCの配給だった。当時URCはエレックレコードと並ぶインディーズレコード会社で、アーティストが既成の概念にとらわれない自分達の音を広める意味で作られた集合体であった。高石友也音楽事務所が中心となり、会員を募り、その会員向けの通信販売という形で配給が行なわれた。LP1枚EP2枚が1回あたりの配給で、その第一回の配給が『高田渡/五つの赤い風船』(1969)である。しかしその後、空前のフォークブームが起こり、アーティストはそれぞれメジャーレコード会社に移籍してしまう。高田渡はキングレコードに移籍してしまった。
  
 高田渡の作品は、前述のようにニュース性の高い歌が多く、シニカルな内容が聞くものを唸らせる。高田渡の目はいつも庶民の中にあり、反骨の塊で上を仰いでいる。そしてどのアルバムにもそれらが色濃く反映されている。今聞くと上辺の歌詞の中には時代が違いすぎる感もあるが、よく聞くと本質は変わっていないことに気づく。『ごあいさつ』(1971)を聞かずして高田渡は語れない。
 
2005年12月2日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-17 13:18 | アルバムレビュー | Comments(0)