音楽雑文集


by yyra87gata

『マイシャ』  渡辺貞夫

 
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 小林克也のナレーションで始まる《ブラバス・サウンド・トリップ・渡辺貞夫・マイ・ディア・ライフ》というラジオ番組があった。土曜の午前0時、FM東京。タイトル通りナベサダのスタジオライヴやコンサート、ナベサダゆかりのミュージシャンのライヴなどをオンエアしたとても良質な音楽番組だった。その番組で聴いたナベサダに僕は参ってしまった。日本人がアメリカ人のミュージシャンをバックにつけて堂々と演奏していることに単純に驚いてしまったのだ。まだ矢沢永吉もアメリカに行く前の話なので、ロック界やポップス界ではありえないことだったし、ジャズ界でもあれだけのメンバーとセッションできるアーティストはほんの一握りだろう。リー・リトナー、ラリー・カールトン、スティーヴ・ガッド、リチャード・ティー、デイブ・グルーシン、ビクター・ベイリー、ミノ・シネルなど有名どころがセッションに加わる。
 この番組は、音が勝負だった。リスナーがスタジオにいる錯覚に囚われるほどライヴな状況を伝えてくれる。なぜなら、番組の前フリを小林克也が伝えるだけで、あとは演奏のみ。スタジオでのミュージシャンどおしの会話が生で聞こえてくる。ナベサダはリスナーの葉書を読むわけでもなく、とにかく音楽だけなのだ。この徹底した番組作りに感心してしまう。
番組のテーマソングでもある「マイ・ディア・ライフ」は、ナベサダの代表曲である。今でもアンコールなどで演奏される曲だ。僕はこの曲が大好きで、大学1年のときに組んでいたバンドで演奏するため、メンバーにお伺いを立てた。サックスのK先輩は一言、「曲がいいのはわかるけどさ、俺、ソプラニーノ持ってないんだよ。」
僕は?マークになり、「ソプラニーノってなんですか?」と聞いた。
K先輩は「いいか、お前ちょっとギター弾いてみろ、サックスで合わせるから。」
合わせると、あの爽やかな曲がいきなりナイトラウンジの雰囲気に様変わりしてしまった。アルトサックスで吹いた「マイ・ディア・ライフ」は1オクターブ低く、ちょっとイヤらしかった。
 でも僕はどうしてもナベサダがやりたかった。すると、同じバンドのベーシストのS先輩が当時発売されたばかりの『マイシャ』(1985)を持ってきた。タイミングよく、その中から「グッド・ニュース」を選択した。軽快な16ビートにチョッパーベースのアクセントが心地よい作品だ。ベースは当時新鋭のネーザン・イーストが勤めており、ベースラインのユニゾンスキャットを決めていた。このアルバムは、西海岸のミュージシャン達中心にレコーディングされ、ブレンダ・ラッセルのヴォーカルをフューチャー、初のセルフ・プロデュースを行なった意欲作であった。西海岸の爽やかなジャズやアフリカンビート、マリンバを多用した明るいラテン調の作品もあり、とても聞きやすいアルバムだ。それまでの4ビートや『カリフォルニアシャワー』(1978)がナベサダの代表作という印象だったが、『マイシャ』や次作の『グッド・タイム・フォー・ラブ』(1986)あたりから作風が変わり、ネイティブなビート(レゲェにかなり入り込んでいた)と都会的な洗練されたメロディが融合した作風になっていったように思う。

 ナベサダはその当時毎年“六本木PIT INN”でクリスマス・コンサートを開催していた。僕はこのコンサートが大好きで、何回か通った。1流のミュージシャンを間近で観ることができることもさることながら、コンサート終了後のくじ引き大会が面白く、ナベサダが出品したシャツ(ちゃんとクリーニングしてあった)や小物が来場者に配られる。ナベサダの私物放出くじ引きは、チャリティを兼ねていて世界を飛び回っているナベサダらしい企画だ。僕は彼の愛用のシャツが当たったが、サイズが合わず、いまだにビニールに入ったままだ。

2005年12月22日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-17 16:29 | アルバムレビュー | Comments(0)