音楽雑文集


by yyra87gata

『Ivory』  今井美樹

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  “ずいぶん眉毛の太い人だなぁ”が第一印象。ハナマルキのCMで、でかい口でニカッっと笑って味噌汁を飲む女性は今井美樹といった。その次に彼女を見たのは、ドラマ《思い出に変わるまで》のヒロイン役。爽やかな印象と共に80年代を駆け抜けた。トレンディ・ドラマという言葉が流行し、その中で輝いていた女性のひとりだった。
 ドラマで売れた女優が、歌を発表するということは自然の流れで、彼女も歌った。もともとユーミンフリークで知られていた彼女は、頼み込んでユーミンのバックコーラスをしていたこともあったぐらい歌が好きだった。
 アルバムを発表し、コンサートも開くようになったが、当初はアイドル歌手同様、男性の声援が飛ぶコンサートだった。しかし、彼女の表情豊かで、のびやかなヴォーカルとファッションセンスにOLが飛びついた。1980年代後半のことだ。
 その頃の女性ヴォーカルは、ユーミンのメガヒット作品が次々と発表され、ドリカムと岡村孝子、杏里などが追随していた。そこへ今井美樹がドラマ人気の後ろ盾を得てグイグイと入り込んできた。
カラオケでヒットしていなければ売れない時代になり、素人が歌いやすい作品がヒットしていた時期だった。だから彼女の素人っぽいヴォーカルが受けたこともひとつの要因だろう。
そして、「瞳がほほえむから」のヒットにより今井美樹のシンガーとしての地位が確立していった。

 今井美樹が、ユーミンやドリカムらに無いものを持っているとしたら、それは彼女のファションセンスに尽きるだろう。今井美樹の購買層は、みんな彼女のシンプルなファッションに“右へならえ”状態になっていったからだ。
今井美樹はもともとモデル経験者で高校時代は陸上部で鍛えた長い足があったので、スタイルが良い(高校陸上部ではインターハイにも出場経験あり)。
細身のGパンに白いワイシャツタイプのブラウスをざっくり着て、髪はロングのソバージュで決めればみんな今井美樹になれた。そういったトレンドを自ら作り上げていった。
ライヴでは、自身がファッションコーディネートを手がけ、女性オーディエンスの目を楽しませ、評判の良い上質なライヴを展開した。
噂では、かのエリック・クラプトンが今井美樹のファンで、何度もコンサート会場に現れたとか。
 1993年のシングル「ブルーバード」あたりから夫の布袋寅泰の楽曲が目立つようになり、1996年の大ヒット曲「プライド」で今井美樹のシンガーとしての地位が確固たるものとなった。
『アイボリー』(1989)は初期作品のベスト盤である。
初期の作品では作曲家兼シンガーの上田知華の作品が目立つ。上田の作品は、今井美樹の雰囲気にとてもマッチしている。早いテンポの歌よりもミディアムスローな楽曲は、今井美樹のおおらかなヴォーカルが栄えるものとなっている。片意地張らずに自然体で歌う今井美樹を聴くと、あのハナマルキの宣伝も彼女の自然体を打ち出した姿だったのかもと今になって思う。
 

2006年4月11日
花形
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Commented by 前田謙次 at 2015-05-30 12:10 x
クラプトンは、ファンではなく夜の接待を受けてたのです。
外タレに喜んで体を提供する外人大好きタレントの1人。
クラプトンは、昔は真剣に千人斬りを目指してた。
Commented by yyra87gata at 2015-05-30 15:15
へぇ、そんなことがあるんですね。
ま、クラプトンに限らず同世代ミュージシャンで品行方正な人なんていませんからね。
但し、音楽をやらせたら皆んな1流ですが。
by yyra87gata | 2012-12-19 17:17 | アルバムレビュー | Comments(2)