音楽雑文集


by yyra87gata

『エスケイプ』  ジャーニー

 
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 “商業ロック”“産業ロック”と揶揄されたバンドが70年代から80年代にかけて登場した。フォリナー、ジャーニー、TOTO、REOスピードワゴン、エア・サプライ・・・。
僕は“商業ロック”“産業ロック”と定義することが良くわからないのだが、所詮、評論家が原稿料を稼ぐためにネタとして考えた戯言のような気がしてならない。
 
 音楽を作るということは、作り手のメッセージもさることながら、その作品をより多くの人々に聴いてもらうプロモーション活動にも大いに重点が置かれるもので、地道なライヴ活動と合わせて戦略的な仕掛けも必要だ。ましてや、いつ敵味方になるかわからない評論家を利用することも重要なファクターだそうだ。でもそんなこと、作り手は知ったこっちゃない。評論家のために作っているわけじゃないし・・・。
 自分の世界を表現するためにアーティストは作品作りに没頭するが、そこに“売れるため”という理由があっても何もおかしくはない。しかし、心無い評論家はその行為を迎合行為として非難し、さも自分が鬼の首を取ったかの勢いで書きまくる。
 レッド・ツェッペリンは本物のロックだが、フォリナーやジャーニーは売れ線狙いの作られたロックバンドと、したり顔で話す評論家!誰のおかげで飯が食えているのだ!ちょろっとサンプル盤聴いて、あーじゃない、こーじゃない、ちょうちんだ、と書いていれば金になる。いい商売だよ。
あなたたちは、逆立ちしても、作り手、演じ手にはかなわないのだ!
評論する前に一度でもいいから自分で作ってみろ!ってんだ。
本当に評論できるのはお金を出して買ったユーザーの声なのだ!と、興奮気味に始まりました!

 ジャーニーの『エスケイプ』(1981)を聴いているといつも前述のことを思い出してしまう。折角のご機嫌なサウンドが台無しである。純粋に楽しもうというリスナーにとって批判する評論家は邪魔だね。

 スティーヴ・ペリーのユニークなヴォーカルは一度聴いたら忘れられない。
ハスキーでいて、ハイトーンで歌い上げる歌唱のスティーヴ・ペリーの加入は、それまでのインスト重視だったジャーニーの路線を変えた。そして、全米を代表するバンドへと成長していった。時はMTV全盛時。《ベスト・ヒットU・S・A》の上位常連のバンドであった。   
 ギターのニール・ショーンはサンタナ時代に天才少年ギタリストとして紹介され(『キャラバン・サライ』(1972))、その後の長いキャリアでジャーニーを引っ張ってきた。もちろん『エスケイプ』のライヴでもケーラーのアームを付けた黒いレスポールで、「クライング・ナウ」や「ドント・ストップ・ビリーヴィン」を弾きまくる映像で僕達を楽しませてくれた。確か、スティーブ・ペリーは燕尾服にジーンズというへんてこな格好だったな。
そういえば、同時期のヒット曲でホール&オーツの『プライベート・アイズ』(1983)がいつも1位だったから、ジャーニーはいつも10秒くらいしか紹介されず、あの特徴的なギターを見たいギターキッズは、ホール&オーツが嫌いになっていった(ホントか?)。
 ジャーニーは、スティーヴ・ペリーが抜けてから色のないバンドになってしまった気がする。やはり、バンドの顔はヴォーカリストであり、ヴォーカルが替わるとそのバンドへの思い入れがずれてくるのは、致し方ないことだと思う。特に『エスケイプ』、『フロンティアーズ』(1983)といった大ヒットアルバムのヴォーカリストが抜けたら、違うバンドだわ・・・。いっそのことジャーニーって名前を封印しちゃえばいいのにね。ま、ジャーニーはヴァン・ヘイレンのようにはなれなかったってことかもしんないけど・・・(でも、僕はD・L・ロスの頃の方が断然よいと思うけど・・・)。

 いろいろ書きなぐっちゃったけど、売れるからにはそれなりの理由があるわけで、そこに好き嫌いはあったとしても、売れることを批判してはいけないのだよ。


2006年4月20日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-20 08:29 | アルバムレビュー | Comments(0)