音楽雑文集


by yyra87gata

『キャプテン・アンド・ミー』  ザ・ドゥービー・ブラザース

 “グリコはひと粒で2度美味しい”のだ。ドゥービー・ブラザースはこの言葉が当てはまるバンドか・・・。
前期と後期の音が全然違うので、ずっと聴き続けている人にとってはまさに2度美味しい・・・か?いやいや、それはどうかな。

 スティーリー・ダンからマイク・マクドナルドが移籍してきた時から、ドゥービーの歴史は変わってしまった。それまでのフォーク・ロックを主体としたビートの効いたウェスト・コースト・サウンドは影を潜め、ソウルフルなソフトロックに変わったことは周知の事実だ。そもそもトム・ジョンストンを中心に構成されたサウンドは、彼の病気によるリタイアと同時に音を立てて崩れ始め、相次ぐメンバーチェンジによりその時々で音楽性を変えることになった。
結成当初から在籍しているメンバーはパトリック・シモンズだけとなり、彼の本来得意とするフォークミュージックは、バンドの味付け程度になり、古くからのファンは離れていく者も多かった。
 一足先にスティーリー・ダンから移籍してきたギターのジェフ・バクスターは、ドゥービーに新しい旋律をもたらし、カラッとした8ビートにスパイスを与えることになり、『スタンビート』(1975)はそれなりに迎え入れられた。しかし、マイク・マクドナルドは、ヴォーカルも取り、曲も提供し、大ヒットを記録した『ミニット・バイ・ミニット』(1978)の成功により、バンドを横取りしたという濡れ衣をかけられたということをここに記しておきたい。
 ファーストから『トゥールズ・ストリート』(1972)、『キャプテン&ミー』(1973)というアメリカン8ビートの流れが好きなファンからしてみれば、『ミニット・バイ・ミニット』の音は同じバンドとは思えない。当然、非難の声はマイクに集中する。
マイクは悩み、脱退も考えたという。人気ロックバンドのリーダー、トム・ジョンストン不在の中、何とかバンドの灯を消してはいけないという気持ちが残されたメンバーにはあり、いつかみんなでプレイできる日が来るまで名前を消してはならない、という想いだけでアルバムを発表していたのだ。そして、音楽の流行がAORに移ることとシンクロし、新たなファンを生み出したことも事実。その評価もあり、グラミー賞も獲得した。マイクは救われた思いだったろう。
 
 でも古くからのファンはそんなことはわからない。出てきた音で判断するしかない。好き嫌いが出るくらい音楽性も変わってしまった事実により、人気も低迷し彼らは1982年、解散という道を選びフェアウェル・ツアーを敢行した。
最後の最後には病気療養中のトム・ジョンストンもステージに上がり、昔の懐かしいナンバーを演奏した。それが最後の華となった。

 ドゥービーのアルバムを改めて聴くと、どの作品も聴き応えがあり、特に初期のドライブ感みなぎる3枚は、いつ聴いてもファンキーな気持ちにさせてくれる。
しかしその中でも1番にあげるとするなら、『キャプテン&ミー』に尽きるのではないか。「ナチュラル・シング」の重厚な音のバックにアコースティックのハーモニクスが重なり、物語は始まる。そして「ロング・トレイン・ランニング」「チャイナ・グローブ」と続く流れはロックンロール・エクスタシーを感じる作りである。加えて「サウスシティ・ミッドナイト・レディー」の持つ哀愁は、この作品を引き締め、飽きの来ない流れを作り、エンディングに向かう「ユカイア」からタイトル曲にかけての流れは、荘厳な波となって作品を締めくくる。トム・ジョンストンのパワーみなぎる作品であり、トムこそがドゥービーだと思ってしまう1枚である。
また、このアルバムのプロデューサーのテッド・テンプルマンの出世作となったアルバムという事実も付け加えたい。
 
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2006年5月20日 
花形
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by yyra87gata | 2012-12-22 08:02 | アルバムレビュー | Comments(0)