音楽雑文集


by yyra87gata

『シティー・スイマー』  財津和夫

 80年代を代表するアイドルは誰がなんといっても松田聖子に尽きるだろう。アイドル豊作だったあの頃、松田聖子は頭ひとつ出ていた。見た目の可愛らしさやしぐさ、”ぶりっ子”などという言葉も生まれた。そして髪形も大流行し、みんな聖子ちゃんになっていた。
彼女の売れた要因は、彼女の持つ魅力に尽きると思うのだが、加えて楽曲提供者がバラエティに富み、聴いているもの、観ているものを飽きさせなかったということだろう。
作家陣は当時の(今でも)ポップス界の大御所が並ぶ。大瀧詠一、呉田軽穂(松任谷由実)、細野晴臣、尾崎亜美、松本隆など。そして僕は数多いビッグネームの中で、財津和夫の作ったシングル3曲が好きだった。「チェリーブラッサム」「夏の扉」「白いパラソル」。
財津の作る歌謡曲は、大瀧や細野の作るアメリカンポップスの焼き直しのようなポップスではなく、どちらかというとチューリップの延長線上の匂いがしたが、歌謡曲にアプローチした財津サウンドではなく、あくまでも財津ポップスがそこにあった。
松田聖子が少女から大人になる微妙な年頃での発表・・・彼女の表現力と財津の音楽性がぶつかり合い、派手ではないが、とても印象的な作品に仕上がったのではないだろうか。

 財津和夫はチューリップ活動中からソロアルバムの発表や、他のアーティストへの楽曲提供を行なっている。財津のサウンドはチューリップで見せる音とそれ以外でみせる音のギャップが面白く、前述の松田聖子の例や彼のソロアルバムでみせるいろいろな音楽性が僕達を楽しませてくれた。
『宇宙塵』(1978)『I need you and YOU』(1979)の初期2枚のソロアルバムはチューリップには無い内省的な内容だった。特に『宇宙塵』は財津ひとりですべてのパートをこなし、こじんまりとまとまっている印象。自宅録音ではないかと思うほど、プライベートな音がした。
長いインターバルを経て出したサードアルバムの『シティー・スイマー』(1986)は、AOR色の強いゴージャスな作りのアルバムだ。
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 杉真理、松尾清憲、ケラ、呉田軽穂らが曲を提供。タイトルからもわかるように都会の情景を重厚なサウンドにのせている。シティーポップという言葉は軽いイージーリスニングを想起させる時もあるが、このアルバムは重い。財津がビートルズを代表としたブリティッシュ・ポップに影響を受けているせいもあるかもしれないが、イギリスの空のように重い。また、チューリップでは聴く事が出来ないギターの激しいソロやハードな曲調、原みどりとのデュエットなど、財津和夫の新境地を見出す作品である。
 アルバム発表と並行して行なわれたコンサートでは、シンガー財津の存在が大きくクローズアップされた。チューリップではキーボードやギターを演奏し、バンドの一員として音楽を奏でていたが、このコンサートではハンドマイクで歌い上げる財津を見ることができた。ファルセットと地声を行き来する独特な歌唱法の財津和夫はソフトロックの部類という先入観があったが、片やツインギターが左右でライトハンド奏法を決めたときはさすがに驚いた。財津も負けじと声を出していた。
この頃、財津が率いていたチューリップは、オリジナルメンバーがいない第3期のメンバーで活動していた。財津よりひとまわりも歳が若いメンバー、しかもギタリストが不在だった。そんなこともあってギターサウンドに飢えていたのではないだろうか。
それまで良きにつけ悪きにつけチューリップという呪縛が財津にはあったのかもしれないが、メンバーも一新し、好きなことを好きなだけやろうという意志が見えたコンサートだった。

 松田聖子に書いた「白いパラソル」はその後『Z氏の悪い趣味』(1987)でセルフカバーしている。セルフカバーアルバムは自分史でもあるし、プライベートな自分を映し出す作品でもある。「夏の扉」ではなく「白いパラソル」をカバーするところが財津らしい。

 社交的(?)なソロアルバム『シティー・スイマー』は、松田聖子や他のアーティストへの曲提供がトリガーとなり、完成されたものではないだろうか。

2006年6月28日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-23 00:18 | アルバムレビュー | Comments(0)