音楽雑文集


by yyra87gata

カーティス・・・Superfly(超かっこいい)

 40を過ぎると毎日ロックなんか聴いてられなくなる。以前は、朝のラッシュアワーからハードロックを聴き、気合を入れて仕事場に行っていたが、最近ではその日の体調に合わせてセレクトするようになった。特に前日が遅かった朝などは、ゆったりとしたアコースティックが心地良いし、仕事の帰りに聴くサウンドは、AORを流しっぱなしにしてダラダラと過ごす。
ソフトロックやソウルの類を好んで聴くようになったのは35を過ぎたあたりだろうか・・・。

 
d0286848_2025428.jpg


 ここ最近、CDプレイヤーに入りっぱなしの作品がカーティス・メイフィールド&インプレッションズのベスト盤である。曲が短いのですんなり聴くことが出来る。
ソロになってからの作品がもう少し収録されていれば最高だが、インプレッションズ時代の代表曲はほとんど網羅されており、十分に楽しむことが出来る構成になっている。

 カーティスは命の続く限り歌い続けたソウルマンだ。
同時期に活躍したオーティスは不慮の事故により帰らぬ人になり、ダニーは自ら命を絶ってしまった。しかし、カーティスは1990年に舞台の照明事故により下半身不随になり、再起不能とまで言われたが強靭な精神力と体力で復帰を果たす。そして最後の最後まで歌い続けた男である。(1999年没)

“黒人であるが故の歌”が1960年代のアメリカには確実に存在した。公民権運動が盛んになりマルコムXが暗殺され、ベトナム戦争が泥沼化した。そしてカーティスが敬愛するキング牧師も銃弾に倒れた時、人々は歌に力を求めた。
 マービン・ゲイのような洗練された男と女を歌うソウルというより、カーティスのそれはゴスペルに深くアプローチしており、代表作「ピープル・ゲット・レディ」に代表される神の御加護を求める内容が多い。時代が求めたサウンドであり、人々にモチベーションを与え続けた光であった。

 1970年に入るとカーティスはソロとして活動する。世間では人種問題や戦争などが終息に向かう。カーティスはその事象にフォーカスさせた社会的な作品を発表するようになっていった。もちろん、彼のゴスペル調のR&Bは変わらないが、彼の周りで繰り広げられる時代の音の変化は激しく、ディスコサウンドやビートの効いたファンクとは一線を画するものであり、だんだんと過去の遺産になっていった。
 
 僕がカーティスを最初に意識したのは、山下達郎の作品を聴くようになってからだ。RCA時代の達郎のギターサウンドがカーティスに影響を受けていることを知り、聴き始めたことがきっかけである。
リードギターに細かくワウを使い、リズムはタイトにシンクロする。そしてそれは心地よいグルーヴを作り、優しいヴォーカルがのる。
 最初に聴いた『バック・トゥー・ザ・ワールド』(1973)は、サウンドからは想像つかない辛らつな内容だったが(ベトナム戦争に送られた黒人兵に地獄からの帰還を呼びかけ、世界の平和を訴えた)、説教臭い歌詞でもなく愛と自由を表現していた。
 
 高校時代にカーティスに目覚め、周りからは爺臭いといわれたが、今でも継続して聴くことが出来る音楽に出会えたことは、人がなんと言おうと宝物なのである。人なんか気にしてられっか!

2006年7月13日
花形
[PR]
by yyra87gata | 2012-12-22 20:28 | 音楽コラム | Comments(0)