音楽雑文集


by yyra87gata

『29』  奥田民生

 とにかくだらだらなのだ。このだらだらが許せない人は聴いてはいけないのだ。歌唱法から演奏からだらだらと弛緩したサウンドが耳にこびりつく。
これがネクスト・ジェネレーションのロックなのかぁ、と意気込んで聴いてみたものの、うーん・・・だらだらでしかないのだ。
d0286848_12482219.jpg

『29』(1995)。
僕は、このアルバムが発表された年に父親になった。だからかもしれないが、このアルバムに収録されている「息子」という歌が気になってしょうがなかった。僕の子供は娘なので、父親が息子に想う同性の親子愛についてはよくわからないのだが、父と子供という観点からこの歌を聴くと非常にわかったような気になった。
「わかったような」と書いたのは、もちろんしっかりと「わからなかった」のであり、親が子供に託す歌としてすばらしいものだとは思うのだが、当時の僕は、子供に対して立派な言葉(歌)をかけてあげられるほど大人ではなかったので、「わかったような」ふりをしていたのかもしれない。
親が子供に何かを託す・・・こういう人になって欲しい、と生まれたばかりの乳児に歌が歌えるか・・・僕には無理だった。
(しかし、子供に対して何かを残してやりたいという気持ちはあったので、後年、妻と一緒に娘に送るため歌を書いたことがある)
ちょうどそんな時、僕は再びこの『29』を聴きなおしており、「息子」が際立って聴こえたのだ。

 『29』は奥田民生のデビューアルバム。「愛のために」が記録的なヒットとなり、大成功のソロデビューとなった。それまで活動を共にしていたユニコーンは、おりからのバンドブームの追い風を受けていたというものの、僕の中ではひとつのビートバンドという認識でしかない。ゴールデン枠のバラエティ番組の主題歌を担当していたから、お茶の間に顔は知られていたが、僕自身に興味が無かったので印象は薄かった。
奥田民生は、ソロになってヒットをぶっ飛ばしたときのほうが、インパクトがあった。「愛のために」にはテレビやラジオから頻繁に流れ、連日僕らの耳に届いた。続くシングル「息子」もTVCMに起用されヒットを飛ばし、アルバムはミリオンセラーになる。

そして2年後、井上陽水と一緒にアルバム『ショッピング』(1997)を発表。パフィーに「アジアの純真」を書き下ろし、小泉今日子に書き下ろしていた「月ひとしずく」も収録されていた。
同時期、僕の娘は2人に増えていた。

 この『29』と『ショッピング』の組み合わせを聴けば、奥田ワールドの片鱗が理解できる。
つまり、この2作品は、例のだらだら感もパフィーの音を作り出すプロデュース感覚も、両方詰まったものなのだ。とにかく奥田の音楽性は、ありとあらゆる音楽を彼が租借して生まれてくるものなので、ちょっと音楽をかじった人間はニヤリとさせられる場面がたくさんある。70年代の歌謡曲やレイドバック・サウンド、映画音楽、ラグタイム、アメリカン・ハードロックからグランジまで五目御飯の様相でアルバムは進む。そういう意味で『29』は1990年代のJ-POPに掲げられたモニュメントである。このJ-POPという軽い言葉も奥田民生を表現する意味で適切かもしれない。

しかし、この頃の奥田民生の顔って「よしだたくろう」(若い時ってことよ)そっくりだ。
だらだら感や音楽性はぜんぜん違うけれど、表情がそっくり。広島で育つとあの顔になるのかな。ちなみに奥田は拓郎の高校の後輩である・・・。

2007年1月4日
花形
[PR]
by yyra87gata | 2012-12-24 12:49 | アルバムレビュー | Comments(0)