音楽雑文集


by yyra87gata

秋の夜長のジョン・レノン

 久々にジョン・レノンを聴いた。
彼が死んでもう27年経つ。1980年までの音が彼の全てであり、その後いろいろと彼の話は取りざたされるが、それはすべて憶測と風化された伝説でしかない。だから残された音と対峙することが一番素直に彼と交信できるのだ。
『ジョンの魂』(1970)から『ダブルファンタジー』(1980)までを改めて聴くと、ビートルズのジョンとは確実にちがう彼がそこにいる。歳の問題もあるだろうが、アイドル視されていたビートルズ時代より人間的な歌詞が等身大の彼を表現している。作品を発表する度に作品はどんどんシンプルになっていく。これは、同時期のポール・マッカートニー(ウィングス)とは正反対の流れだ。
 そして1975年に、彼の原点ともいえる『ロックンロール』(1975)を発表し隠遁生活に入る。その生活は、芸術家というより人間の本質に触れてしまった仙人のようである。
 僕はジョンとポールだったら圧倒的にジョンのファンだ。しかし、なけなしのお小遣いでレコードを買う時は、いつもポールのレコードを選んでいた。音楽という面で安心していたからか・・・。僕はジョンの作品が本当に好きだったのだろうか・・・。音楽的にはポールの方が聴きやすいと思っていたことだけは確かだ。・・・思いが錯綜する。
 
 久々にジョン・レノンを聴いた。
重い気分になる。作品のすばらしさは理解しているつもりだが、ジョンのバックボーンが作品に表れすぎて、非常に疲れる。こんなミュージシャンは他にいない。
ジミ・ヘンもジャニスもオーティスもモリスンも・・・いくら聴いてもこんなに重くはならない。
 ディランのように難解な歌詞であれば、こんなに悲しい気持ちにならなくて済んだかもしれない。ツェッペリンのようなヘビーなロックであれば、いちいち細かいことは考えなくてもよかったのかもしれない。
 
 久々にジョン・レノンを聴いた。
高校時代の自分が甦る。僕はジョンのファッションや考え方に憧れを抱いた高校生だった。ジョンの言うことはすべて正しいとは思わないまでも、8割は正しいと思っていた。だから高圧的な大人に対して常に皮肉屋だった。口が減らないやつだった。
そんな時、街にジョンの声と金切り声のヨーコの声が木霊した。5年ぶりのニューアルバムが登場した。『ダブルファンタジー』は「スターティング・オーバー」から始まった。そして半年もたたぬうちにエンディングを迎えてしまった。
12月8日は太平洋戦争の開戦記念日という常識は、すぐにジョン・レノン暗殺の日にとって変わった。
 
 久々にジョン・レノンを聴いた。 
僕はジョン・レノンを聴き始めると一気に全てを聴いてしまう癖がある。ジョンのオリジナルアルバムをとっかえひっかえ聴いてしまう。ほとんど徹夜覚悟になる。こんな風になるミュージシャンは他にいない。
ジョンのベスト盤が何枚か出ており、その1枚で解決を試みようと思ったこともあるが、それはすぐに車用CDにとって変わった。
だから、秋の夜長のジョン・レノンである。
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2007年10月30日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-26 09:11 | 音楽コラム | Comments(0)