音楽雑文集


by yyra87gata

『パパ・ヘミングウェイ』 加藤和彦

 久々に間近かで見た加藤和彦は素敵なおじさんに変わっていた。『ひっぴいえんど』(2009)のプロモーションで穏やかに語る加藤和彦は、すべてを達観した音楽の神様に見えた。

 加藤和彦はTHE ALFEEの坂崎幸之助と「和幸」というユニットを組み、セカンドアルバムを発表した。
『ひっぴいえんど』は、はっぴいえんど世代の音楽が凝縮されたアルバムである。もともとパロディ音楽を得意とする加藤和彦の真骨頂といえるだろう(フォーク・クルセイダースやサディスティック・ミカ・バンドでも洋楽のパロディを数多く手掛けた)。しかしそれらの作品はただのパロディではなく、日本人にわかりやすく、非常に高水準な音の構築がそこにあることを忘れてはいけない。
そうでなければ、学生が録音ギミックだけで作った「ヨッパライ」で大ヒットを飛ばせるわけがないし、日本人のロックバンドが本場イギリスでチャートインし、メインアクトのロキシー・ミュージックをくってしまうほどのパフォーマンスなんてできないからだ。

 加藤和彦は昔から「時代を1歩も2歩も先に行っているミュージシャン」という表現をよくされている。
フォーク・クルセイダースがまだアマチュアの時代に発表したシングル「帰ってきたヨッパライ」のアイディア。
「イムジン河」が放送禁止となり、それに反発しその曲の終わりからコードをつけて作った「悲しくてやりきれない」。
ソロになり様々なミュージシャンとの交流の中で作り上げられた名盤『スーパーガス』(1972)。そのアルバムに収録され、いつの間にか住宅メーカーの歌として今も歌い継がれている「家を作るなら」の普遍性。
 常に海外の音楽動向を気にし、それをいち早く取り入れる感性。また、それを自分以外のミュージシャンにも惜しげもなく使い切るプロデュース能力。
日本の音楽として海外に渡り十分に渡り合ったサディスティック・ミカ・バンドの功績など挙げていけばきりがない。そういう意味では、ミュージシャンというよりプロデューサーという方がしっくりくるのかもしれない。
それから考えると、加藤和彦はもともと大々的にソロプロジェクトを組むミュージシャンでもないが、1970年代後半から1980年代前半にかけて発表されたソロアルバム3部作は、今聞いても加藤和彦の世界観が伝わってくる逸品である確信する。『パパ・ヘミングウェイ』(1979)『うたかたのオペラ』(1980)『ベル・エキセントリック』(1981)
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 その中でも『パパ・ヘミングウェイ』は僕が中学生の頃よく聴いたアルバムだ。アーネスト・ヘミングウェイの軌跡をイメージしたトータルアルバムである。それまでの日本のミュージシャンで、こんな世界観を持った音作りを行なっている作品を僕は聴いたことがなかった。
作品発表当時の日本の音楽事情は、歌謡曲はもとより、ニューミュージックとテクノポップが街に溢れ、耳障りの良いCMソングがヒットするという方程式が出来上がっていた。そんなC調な空間に突如現れた硬派なポップス。浮遊するような加藤和彦のヴォーカルと耳に残る鋭利な音。色とりどりな曲が次から次へと飛び出し、ファッション誌が音を出しているような作品だ。
参加ミュージシャンもサディスティックス系、YMO系といった当時の売れっ子ミュージシャンが集結しており、緊張感の溢れるプレイを楽しむことが出来る。
『パパ・ヘミングウェイ』はバハマのコンパスポイント・スタジオ、マイアミのクリテリア・スタジオで収録されているためか、音色が青い。本当に青い。ちなみに『うたかたのオペラ』はベルリン録音だからちょっと影のかかった灰色の音だし、『ベル・エキセントリック』はパリのシャトゥ・スタジオだから華やかさの反面ちょっとセピアがかった色の音がする。
 音を自在に操る加藤和彦ならではの3部作。その中でも『パパ・ヘミングウェイ』は聞きやすいし、秀逸な出来だと思う。
彼の浮遊するヴォーカルが妙に心地よいのだ。

 ただ、「ジョージタウン」のイントロが高中正義の「ブルー・ラグーン」のスローテンポに聞こえるのは僕だけだろうか。ちなみにギターは高中が弾いているんだけど・・・。

2009年3月5日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-26 14:45 | アルバムレビュー | Comments(0)