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音楽雑文集


by yyra87gata

鎮魂

 人の命が亡くなることはとても大変なことで、間柄が近ければ尚更。
また、死の種類においても、長らく闘病していて亡くなるパターンもあれば、突然逝ってしまうこともあり、年齢も重要で、80歳でも超えようものなら大往生と言えるだろうが、50歳に満たないとなればそれは残念でならない。
それがたとえ不治の病であっても、事故であっても若い死は痛ましい。

 私はこの秋に友人を1人なくした。
彼女は大学の後輩だったが、歳は一緒だし、なにより音楽のパートナーだった。
非常に頭の切れる女性だったが、神経は細く、常に物事を達観しているところもあり、それまで接してきた誰とも似ていない。

 私は彼女と約2年間のバンド生活を共にしたわけだが、その2年間はとても濃い時間だった。
特に後半の1年は彼女が詩を書き、私がそれに曲を乗せた。
大学生のバンドなので技量的には評価できるものではないが、曲が完成し、みんなの前で発表することは何にも変えられない快感があった。それは彼女との創作活動が充実したものだったからだろうし、私も彼女も決して恥ずかしくないものを作っているという自負もあったからだ。
誰に評価されるわけでもないし、取り立ててマスコミに売り込むつもりもない。大学の音楽クラブという小さなコミュニティの中だけのものだったが、それで満足だった。
10ヶ月という期間で10曲の作品が生まれた。毎月1曲ずつ新曲を作り発表していたことになるが、このペースは今考えても非常にハイスピードであるし、あの時の2人から生み出されたパワーは、今思うと何かにとり憑かれたような感覚さえある。そしてあのときのバンドはよくこの2人について来てくれたな、と今更ながらに思う。

 昼過ぎの大学の中庭は、私と彼女との創作場だった。傍らにトリスのビンを置き、飲みながらの創作。
彼女の詩は、研ぎ澄まされた感覚が走り書きとなって出てくる。
字数や韻などは無視し、常にその時の感覚が字となって表現される。
その詩を見ながら私は部室に転がっていたおんぼろのギターを拝借し、その言葉に節をつけていく。
私は感情のまま口ずさむ。たまにアルコールに翻弄されて適当なフレーズが宙を浮遊することもあったが、常に気分は覚醒されていた。
そして、私が口ずさむ音を彼女はその場で譜面にしていく。彼女には絶対音感があり、譜面にも強かった。
2人で一気に作り上げ、気持ちよい酩酊の中、夕方からバンドのリハに入る。そんな繰り返しだった。そして、そんな時間は何にも変え難い貴重な時間だった。

 私と彼女の間に恋愛感情は無かった。お互いに大切な人がいたし、男と女という感覚で話をすることは無かった。いつも何かに刺激を受け、その事象を報告し合い、別れる。もしかしたらそれがある種の恋愛感情だったかもしれないが、指1本だって触れたことはなかった。
 
 私がクラブ活動を大学3年で引退し、大学4年の夏休みをかけてレコーディングした彼女との作品。それは1年間活動したバンドではなく、私と彼女で選んだメンバーでレコーディングをした。
学校のスタジオを使用しながら限られた時間の中でレコーディングしたため、こぼれた曲もあったが、新曲も含め計12曲のトラックが収められた。
しかし、その音は未完成のまま封印されることになる。それは、私も彼女も何の目標も無い中、音をストイックに制作するだけの気持ちが足らなかったのかもしれない。
私は大学を卒業し就職。社会人となり、少しずつ音楽から離れる。
彼女はクラブを辞め、2回目となる大学中退をし、芝居に没頭する。
それでも年に1回から2回は会っていたが、しばらくすると疎遠になっていった。
唯一、お互いが30歳を迎える頃、1回だけバンドを復活させる機会があった。懐かしい顔が集まり、昔のナンバーを演奏する。そんな同窓会のようなコンサートが私と彼女の最後の演奏となった。

 2年前のバレンタインの日。
彼女のご主人から「危篤」の報が入った。
それまでも入退院を繰り返していたそうだが、あまりにも突然の報せに私は驚きを隠せなかった。
病室に向かうと彼女は笑って迎えてくれた。ただその顔は同じ年の女性のそれではなく、ひどく老けた少女であった。久しぶりの対面にしては普段どおり話したつもりだったが、ぎこちない瞬間もあったと思う。
「なぜ、急に面会?」
それは死を予感させるに等しい行為だからか。
私は努めて明るく振舞っていた。そして、楽しかった昔話・・・。レコーディングの話を始めた。その音がまだ残っていることも確認済みだったから。

 私は彼女の生きるひとつの希望となればという思いから未完成だった音をつむぎ始めた。
足りない部分は再度レコーディングを行ったが、なるべく昔の雰囲気を崩さないよう、音を調整していった。
平成23年9月14日午前0時。トラックダウンが終了し、音は完成した。
『Glitter』とタイトルをつけたのも彼女だった。
キラキラと輝いた瞬間。


 その日の午前10時頃。
突然の悲報。
まったく理解できない報せにただただ笑うしかなかった。

報せをくれた友も昨晩電話で話したばかりだというし、私の家内とも彼女が逝く2日前に彼女から突然電話がかかってきて話したばかりだった。そして私もその時久しぶりに彼女とメールのやり取りを行なっていたのだ。
メールの最後の文字「手紙を書くね」。
その手紙は9月14日の午後に届いた。
まったくもって、いつもの調子。感情の赴くままに綴られた文字。
この瞬間から、私の中に現実を受け止められないという暗黒が始まった。
通夜、告別式の会場で私は彼女を正視できなかったし、花を手向けることが精一杯だった。
何よりも悔しさと怒りにも似た感情が私を支配し、いまだに泣くことができないでいる。

カーステレオから流れる彼女の声。
CDは完成した。
この作品は全身全霊で作ったもので、彼女の表現者としての証である。
残念なことは完成した音を彼女が聞いていないことだけだ。

『Glitter』(2011)高橋暁美 完成に寄せて
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2011年11月11日
花形
by yyra87gata | 2012-12-27 15:59 | 音楽コラム | Comments(0)