音楽雑文集


by yyra87gata

なぜか気になるエレファントカシマシ

 確かバラエティ番組だったと思う。和やかな雰囲気の中で1人だけ異彩を放っている男がいた。まるで獲物を狙う狼の様に目をギラギラと光らせ、聞き手を食い入るように見つめる。落ち着きの無いしゃべりは、何か言いたいことがうまく言えないもどかしさをそのまま言葉に乗せているようだ。何度も頭をかきむしり、長髪の髪がボサボサになっていく。
 エレファントカシマシの宮本浩次の第一印象。1990年代後半だったと思う。
まだAKB48も存在せず、隣に座っていた「モーニング娘。」のナッチが怯えていたっけ。
彼らの予備知識もなく、インディーズで話題になっているということでのゲスト出演だったと思うが、宮本のしゃべりにイライラしていた僕はテレビのチャンネルを変えようとした。しかしその時、彼からの意外な言葉にその行為を停止した。
「歌謡曲が好きなんですよ・・・西城、そ、西城秀樹、ヒデキ好きです!これから歌います!」
そう言うと宮本はバンドを従え、「傷だらけのローラ」を熱唱した。体をよじって真剣に歌うその姿。そして彼らの懐の深さに感心したものだ。彼らのオリジナルは正直言ってよくわからなかったが、宮本の持つカリスマ性だけは感じ取れた。
 そして、数年後。彼らはレコード会社を変え、テレビドラマの主題歌を歌うようになり少しだけメジャーになった。この「少しだけ」が、彼らっぽい。きっとヒット曲を出したら普通はそのまま同じ路線で走り、コンサート活動とアルバム制作でファンを増やしていき、1~2年もすれば飽きられる。音楽ビジネスなんてそんなものだが彼らにはインディーズ時代のファンがそこに存在しているので、ヒット曲の1曲や2曲で快哉をあげる者はいないのだ(もちろんヒット曲に乗ったにわかファンはいただろうが・・・)。
それは彼らの置かれた状況が物語る。1988年エピック・ソニーからデビューしたものの1994年に契約を打ち切られ、所属事務所も解散。その後も地道にインディーズで活動する。そんな彼らが最高だというファンがかなり多いからだ。

 
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 そんなエレファントカシマシ。僕は彼らの男臭い骨太なロックだけでは耳を傾けなかったと思う。彼らの音楽が気になってしょうがない部分、それは、音の構成だ。
彼らは、シンプルなロック編成。ライブでは宮本のヴォーカルのバックではエレキギター、ベース、ドラムとゲストミュージシャンとしてキーボードが入る。ただそれだけ。アルバムもほぼ同様。通常、激しいビートに小難しい歌詞や魂の叫びを乗せていくと説教臭くなる場合が多い。しかし彼らの骨太なロックはただのロックンロールではない。どちらかといえばロックの中にポップ性が息づいているのだ。その答えはプロデューサーにあると僕は思う。なぜなら、宮本浩次のプロデュースした作品はゴリゴリのロックだが(それはそれで格好良い)、プロデューサーを迎えた作品はエレファントカシマシの持つ音楽性が人の手により広がっていくからだ。シンプルなロックであればあるほど、音の振り幅は大きくなる。それはボブ・ディランのアルバムを聴く感覚に似ている。
 エレファントカシマシの場合、佐久間正英、岡野ハジメといった前衛的な音楽を得意とするプロデューサーから小林武史、亀田誠治といったJポップの王道を行くプロデューサーとも絡む。他にも久保田光太郎、土方隆行といったギタリストのプロデューサーとも作品を制作している。どのプロデューサーも引き出しは多く、シンプルな彼らの音楽に彩りを加える。
しかし、なんといっても最近の彼らのベストパートナーは蔦谷好位置だろう。彼らの激しいビートに絡むストリングスの絶妙なアレンジ。それはビートルズの後期に見られるアバンギャルドなストリングスでもあり、なだらかな砂丘を思わせる平穏もある。
ビートポップスにストリングスやブラスが入ると軟弱になりがちだが、そこは宮本の叫びがそれを許さない。

 ああ、エレファントカシマシよ。いつ復活の狼煙をあげるのか。
宮本の難聴は残念なニュースで未だにライブ活動は無期延期となっている。
早く治して、また再び蔦谷好位置と一緒に日比谷野音で雄叫びを上げて欲しい。
ふと、ラジオでエレファントカシマシが流れ、思いのまま書き綴ってしまった。
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2013年5月14日
花形
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by yyra87gata | 2013-05-14 21:59 | 音楽コラム | Comments(0)