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音楽雑文集


by yyra87gata

「ムーンダンス」 ヴァン・モリソン

 定番だが『ムーンダンス』を推す。ヴァン・モリソンである。
アイリッシュのブルー・アイド・ソウルのコアを担っていたゼム。その中心的存在のヴァン・モリソンが1966年にソロとなり、『アストラル・ウィークス』(1968)は時代に合わない名盤として有名になってしまったが、その後R&B路線に回帰した『ムーンダンス』(1970)を発表。わずか21歳の時の作品で、ゼム以上の人気を博すことになる。
 当時の音楽を見ると1960年代の終焉、つまりビートルズの解散やニューロックと呼ばれるサイケデリックやプログレの登場、ブラックミュージックの台頭など様々なジャンルの音が巷に溢れていた頃、アイドルポップに嫌気がさし、一時期はジャズ方面に動いたモリソンだったが、もともとのソウルフルな歌声や音楽性を活かしロック、ソウル、ブルースを融合し世界的なブルー・アイド・ソウルの一人者となっていく。

 『ムーンダンス』は「捨て曲が無い」「名曲揃い」と数多くの方に支持されているアルバムである。特に1曲目から4曲目の流れは秀逸で、その4曲で満足される方もいる。
思いっきり跳ねるわけでもなく、キャッチーなフレーズがあるというわけでもない。ただそこにはひたむきに音楽と対峙している若者の声があるだけだ。
よく聴きこめばミキシングも稚拙であり、音の分離についても悪い。サックスとピアノが左右のスピーカーに分かれ、今の技術からしてみるとバランスなんてあったものではない。ヴォーカルの位相も決して良いとは言えないが、そのような次元でつっこみを入れてもビクともしない音楽の完成度がそこに存在する。しかもそれが21歳の時の作品なのだ。老成しているというか、なんというか・・・。
 僕はザ・バンドが好きだ。つかみどころのないあの老成された音楽。妙な落ち着きを持ち、この道何十年という顔をして若い時から活動していた彼ら。ヴァン・モリソンを聴いたときに同じ匂いがしたのだ(ちなみにザ・バンドの4作目『カフーツ』(1971)にモリソンは参加している)。
時代に流されない不変さといえば聞こえは良いが、頑固一徹の音楽という方が言い得ていると思う。とにかく「筋が通っているというのはこういうこと」という典型で、「本物は華美な演出はいらない」と黙っていても顔がそう訴えてかけてくる。もちろんフロントラインに立つアーティストは容姿も大切なファクターだが、マイク1本で声を出せば、本物かどうかの見分けは誰でもつく。そんな本物のアーティストなのだ。

 彼が動いている姿を日本で見た人はいない。未だに来日していない大物シンガーのひとりである。飛行機嫌いというもっぱらの噂だが、何か別な理由もありそうだ。多分、期を逸してしまったアーティストなので、彼を収容する箱とギャランティのバランスが取れないのかもしれない。彼の音楽性からして東京ドームや日本武道館という箱ではない気がするし、かといって洒落たライブハウスというわけにはいかないだろう。気難しいというモリソンのお眼鏡に叶う箱とモリソンの人気がリンクしていればいいのだが、まず来日は望めないだろう。

 さて、『ムーンダンス』の中で僕はなんといっても「クレイジー・ラブ」を推す。ザ・バンドのラストステージで弾けながら歌った「キャラバン」や確実にスティングの音楽性に影響を与えている「ムーンダンス」なんていうのも良いのだが、若干21歳の男が老練な歌唱を響かせる「クレイジー・ラブ」は秀逸なのだ。
 
1000マイル先からでも彼女の鼓動がわかる
それから、彼女が微笑むたびに天国が開ける
それから、彼女のもとに行く時はそこが僕の居る場所になる
流れる川のように
僕は彼女のもとに 流れていってるんだ
彼女は僕に愛、愛、愛、愛、夢中になるほどの愛をくれるんだ
彼女は僕に愛、愛、愛、愛、夢中になるほどの愛をくれるんだ

 一番の歌詞だけでも狂おしいほどの愛の感情が湧き出ている。そして、彼女が微笑んでいるかのような優しい音が曲全体を包んでいるのだ。モリソンのヴォーカルも秀逸。
これほどのラブソング。そうは見たことがない。

 何回も書くが、ヴァン・モリソン21歳の作品だ。
脱帽。
「ムーンダンス」 ヴァン・モリソン_d0286848_15362560.jpg

2013年5月17日
花形
Commented by ロージー at 2015-09-12 15:51 x
私はザ・バンドのライヴ・アルバム『ラスト・ワルツ』で彼の存在を知りました。アルバムを1枚選ぶなら同アルバムか『テュペロ・ハニー』になると思いますが、あくまで所有している彼のアルバムからに限定します。曲単位ではアルバム『アヴァロン・サンセット』収録の『ハヴ・アイ・トールド・ユー・レイトリー・ザット・アイ・ラヴ・ユー』などは80年代の『クレイジーラブ』といっても過言ではないでしょう。最新作の『リ・ワーキング・ザ・カタログ』も素晴らしく冒頭を飾るボビー・ウーマックとのデュエット(彼の最期のレコーディングか?)は涙ものです。
Commented by yyra87gata at 2015-09-12 23:34
コメントありがとうございます。
ヴァンはソロになる前のゼムも良いですよ。
アイリッシュ魂が当時音楽の中心だったブリティッシュビートに真っ向からぶつかり、気持ち良いです。
by yyra87gata | 2013-05-17 15:36 | アルバムレビュー | Comments(2)