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音楽雑文集


by yyra87gata

ミッキー吉野とゴダイゴ

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 1980年代のインタビューでミッキー吉野は「銀河鉄道999」も「ビューティフルネーム」もヒットを狙って発表したという。つまり、当てに行く、ということだ。
(ちなみにゴダイゴの作曲はほとんどがタケカワユキヒデであるが、アレンジはすべてミッキー吉野が行なっており、彼はバンドではプロデューサー的なミュージシャンだ)
ゴダイゴは、1978年に日本テレビ系のドラマ「西遊記」の音楽を担当しており、そのオリジナルサウンドトラックであるアルバム『西遊記』(1978)で大ヒットを記録していた。彼らは精力的にテレビ音楽番組に出演し、お茶の間でもスーパースターになっており、その流れでいけば作品を出せば全てヒットするという図式は出来上がっていただろう。しかし、ミッキー吉野があえて「ヒットを狙って行った」という意志に彼の才覚があるのだ。
その才覚とは、彼の中にある10代の頃から天才キーボーディストとして謳われた現場力や実践力にあるのではないか。

 ゴダイゴ結成前のミッキー吉野を語る上でのキーワードは、「横浜」「GS」「薬物中毒・逮捕~渡米」「名門バークリー音楽大学卒業」「多忙なスタジオミュージシャン時代」などが挙げられる。
天才キーボーディストとしてゴールデンカップスで名声を得たが、時代性もあり、薬物との接触によりドロップアウト。音楽を見つめ直す意味でのバークリー音楽大学への進学。そして帰国。
ミッキーが帰国した時、日本の音楽マーケットにかつてのGSは存在せず、歌謡界とフォークブームが音楽界を席巻していた。そんな市場だから再浮上の時を見極め、まずは日本の音楽界の中でスタジオワークをこなした。70年代の彼は、まさに歌謡界のレコーディングスタジオを渡り歩き、何千と言うレコーディングで現場感を磨いていた時期だった。そして様々な音楽を実践する傍らミッキー吉野グループを率い、後にタケカワユキヒデをヴォーカリストとして迎え入れ、ゴダイゴ結成へとつながっていく。
ゴダイゴは、Go(生き)die(死)go(再び生きる)を実践した自らの音楽人生をグループ名に配したことからもその思い入れが伺い知れる。

 ミッキー吉野の楽曲に対するアプローチは、音の整理とヴォーカルを活かしたアレンジに尽きる。ストリングス、ブラス共に、アメリカの映画音楽のようなおおらかな作りが、かつてのゴールデン・エラを彷彿させる音となるのだ。
だから、ゴダイゴの演奏はある意味癖が無く、どこか懐かしい洋楽の香りがする楽曲が多い。
ミッキーは語る。
「70年代初頭にバークリーに行き、その肩書きで仕事が入ってくるという状況になったのは多分俺が最後だと思う。俺より前に行っている人・・・例えば渡辺貞夫さんとか秋吉敏子さんとか・・・まぁ、ジャズの人は向こう(アメリカ)に行って本場のジャズを学ぶという大義があり、向こうの進んだ音楽を学んできて日本に広めたという功績があると思うんだけど、俺の場合はジャズというよりもっと広い意味での音楽、つまりポピュラー音楽なわけで・・・。バークリー帰りのミュージシャンというだけで肩書きになったものなんだよ。何で渡米したか?ま、日本にいられなくなった事情というのもあるんだけど・・・」

 ミッキー吉野の音楽アプローチは、日本の軽音楽におけるキーボードの歴史そのものである。ピアノ、オルガン、ハモンドなどGS時代から現代に至る中、ローランド社と一緒にキーボードを進化させていった功績は大きい。
1960年代から1970年代はトランジスタの進化からデジタルへと変革し、コンパクトな固体や音色の多様化などキーボードの限界域が一気に広がった時代だ。
そして、そのキーボードの開発については研究員もさることながら、音楽の現場を渡り歩いてきたミッキー吉野の意見はかなり重要視されたことだろう。
日本のロックの夜明け・・・ミッキー吉野は、むりやり日本に太陽を昇らせてしまった数多くのミュージシャンの一人なのだ。そういえば、ゴダイゴのギタリストである浅野孝巳はグレコギターの開発(GO‐Ⅲモデル)に携わっている。
海の向こうで生まれた物を日本のモノづくり精神で進化させる1970年代は楽器にしろ、自動車にしろ、日本の開発力がそこかしこに花開いた時代であったのだ。
 
 私とゴダイゴの出会いは映画館だ。中学2年、三軒茶屋の名画座で観た長谷川和彦監督のデビュー作「青春の殺人者」である。そのサウンドトラックをゴダイゴが担当していた。日本のATGというマイナーな映画にもかかわらず、音楽は英語だったので、外国のバンドが演奏しているかと思ったものだ。
映画のエンディング。薄暗い夜明け。水谷豊が不安そうな表情でトラックの荷台にしがみついているシーンでエンディングロールが流れる。そこに「音楽 ゴダイゴ」と出てきた。
そしてその映画を観てから数ヶ月後にはテレビでチャーのバックを・・・。
テレビのテロップに「演奏 ゴダイゴ」と。
とどめは日本テレビのドラマ「西遊記」のテロップに「音楽 ゴダイゴ」。
まさに昇り調子の1977年から1978年だったのだ。

 ゴダイゴでのミッキー吉野は、アレンジャーとプレイヤーだが、彼の作曲作品で私は布施明の「君は薔薇より美しい」(1979)を推す。
レコーディングミュージシャンは、そのものずばり一番乗りに乗っている時のゴダイゴ。とにかくブラスアレンジがこの上なく気持ちよい。
 タケカワユキヒデのように浮遊するヴォーカルとは違い、布施明のストレート且つ有り余る声量で歌い上げるこの作品は、大変ダイナミックな歌謡曲として多くの人々の記憶に留められているだろう。
そして、まるでラスベガスのゴージャスなステージで歌われるようなこの作品は、布施明というヴォーカリストにとてもマッチし、大ヒットした。
数多くのミュージシャンにカバーもされたようだが、この作品はミッキー吉野のアレンジと布施明のヴォーカルが光るエバーグリーンミュージックなのである。
 
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  ミッキー吉野・・・山あり谷ありのバンド人生だったはず。実力派GSグループのゴールデンカップスから始まり、ミッキー吉野グループで試行錯誤を繰り返し、ゴダイゴへと進化。その後もセッションミュージやンとして数多くのシンガーのバックを務めた。
 そして、ゴダイゴは今年もツアーに出る。規模は小さくなっているが、オリジナルメンバーと追加メンバーを合わせ、6人で演奏する。
 オリジナルメンバーが全員揃っているバンド・・・レジェンドの域である。
まさにGo(生き)die(死)go(再び生きる)なのだ。

2016年7月7日
花形
by yyra87gata | 2016-07-07 17:03 | 音楽コラム | Comments(0)