音楽雑文集


by yyra87gata

かまやつひろしの代表曲

  
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 1970年代当時の吉田拓郎は、下駄も履いてなければ、腰から手ぬぐいも垂らしていない。どちらかと言えば、デザイナーズブランド(メンズビギやJUN)を愛用し、車もジャガーに乗っていた。
しかし、世間の認識は長髪で薄汚く、バンカラなイメージであった。なぜこのような誤解が生まれてしまったか。
①フォーク界のプリンスという触れ込みで拓郎は認知されていた。フォークは、かぐや姫に代表される四畳半フォークと拓郎や泉谷しげるのように強いメッセージを伝えるものに大別されており、そこにバンカラのイメージがついた。
②大晦日の夜。日本国民の半分以上が「輝け日本レコード大賞」と「NHK紅白歌合戦」に酔いしれる日。1974年のレコード大賞でブラウン管から飛び出てきた映像は、「襟裳岬」の大賞受賞に喜ぶ森進一。そしてその後ろに並ぶのは、作曲家でGジャン、Gパン姿の拓郎。仰々しすぎるスーツを着た編曲家の馬飼野俊一の横でGパンの後ろのポケットに両手を突っ込み居心地悪そうに並んでいる。その姿に歌謡界しか知らないお茶の間は仰天した。
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③拓郎がかまやつひろしに書き下ろした「我が良き友よ」のフレーズ。
「下駄を鳴らしてヤツが来る  腰に手ぬぐいぶら下げて・・・」
かまやつひろしの大ヒットで知られるこの歌のモデルは、拓郎の大学時代の友人である。バンカラそのものの歌を、何故お洒落なシンガーであるかまやつひろしに贈ったかは不明だが、この歌の作者が拓郎ということで、拓郎のイメージにつながったか・・・。
④かまやつひろしが当時出演していたTVドラマ「時間ですよ」シリーズの中で彼は薄汚いバンカラな役回りで、それを視聴者が拓郎とシンクロしたという説。
  
 人々のイメージはどこで生まれるかなど皆目見当もつかないが、少なくとも何らかの要因は「フォークシンガー=汚い」というイメージと「我が良き友よ」という歌にあるに違いない。

 そして、私は③に着目したい。
何故、拓郎は「我が良き友よ」をかまやつひろしに贈ったのか。単純にかまやつがアルバムを制作するからその依頼に応えただけというならそれまでだが、前述のとおり、あまりにもかまやつひろしのイメージとかけ離れている歌なので・・・拓郎はそこに化学反応を求めたのだろうか。
かまやつひろしは、この曲を元にし、アルバム『ああ、我が良き友よ』(1975)を発表した。タイトルどおりこのアルバムには多くのミュージシャンが参加している。拓郎以外にも松本隆、細野晴臣、井上陽水、大瀧詠一、堀内譲、遠藤賢司、加藤和彦の名前が並ぶ。
そして、このアルバムにも収録されたが、「我が良き友よ」のシングル盤(B面)に、日本のポップスの金字塔となる歌が収録された。
「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」である。
かまやつ渾身のトーキングブルースである。

 「あの当時、シングルのB面って何やっても良かったの。だから、どうしようかなって思っていたら、なんとタワー・オブ・パワーが来日しているって聞きつけたんで、たまたま呼び屋の人が知り合いで、ダメもとで電話して、レコーディングしてもらえないかって言ったらOKになっちゃって。でも、レコーディングが明日とか明後日って話になっちゃって。曲なんか作ってなかったから、好きなコード進行だけ書いて、タワー・オブ・パワーのメンバーに渡して。で、今度は、詞をどうしようかってことになって。そのときゴロワーズを吸ってたから、じゃあこれって」
こんな流れで制作された作品。

 出会いがしらのようなエピソードだが、時代を先取りした作品となった。
シンプルなコード展開だが、ブラスはイントロからサビまでリズムを作りながら、強弱をつける。
ギターソロやコーラスなど、曲に絡みつくフレーズを創出しているが、かまやつひろしの即興とは思えない言葉が芯となり、全てが彩りとなっていく。
「我が良き友よ」はオリコンチャート1位となり、70万枚の大ヒットを記録した。そのB面にこのようなマニアックな作品を入れてしまう彼のセンス。
70万人のうちの1人である私は当時中学生であったが、B面の「ゴロワーズを吸ったことがあるかい」を聴いた瞬間、全然意味がわからなかった。いったい何が言いたいのか・・・。
脈絡も無いフレーズが言葉遊びのように音符の上で踊るのだ。
しかし、大人になるに従い、この世界がわかってくると、なんとも洒落た歌だなぁなんて思いながら未成年の分際で紫煙をくゆらせている。わかったようなフリをしていただけかもしれないが、歌ってそういうもんだろ、なんて思いながらよくターンテーブルを回していた。

作詞:かまやつひろし  作曲:かまやつひろし  

ゴロワーズというタバコを吸ったことがあるかい
ほらジャン・ギャバンがシネマの中ですってるやつさ
よれよれのレインコートのエリを立てて
短くなる迄 奴はすうのさ
そうさ短くなる迄すわなけりゃダメだ
短くなるまですえばすうほど
君はサンジェルマン通りの近くを
歩いているだろう

ゴロワーズというタバコを吸ったことがあるかい
ひと口すえば君はパリにひとっとび
シャンゼリーゼでマドモアゼルにとびのって
そうだよ エッフェル塔と背くらべ
ちょっとエトワールの方を向いてごらん
ナポレオンが手を振ってるぜ
マリーアントワネットも
シトロエンの馬車の上に立ち上って
ワインはイカガとまねいてる

君はたとえそれがすごく小さな事でも
何かにこったり狂ったりした事があるかい
たとえばそれがミック・ジャガーでも
アンティックの時計でも
どこかの安い バーボンのウィスキーでも
そうさなにかにこらなくてはダメだ
狂ったようにこればこるほど
君は一人の人間として
しあわせな道を歩いているだろう

君はある時何を見ても何をやっても
何事にもかんげきしなくなった自分に
気が付くだろう
そうさ君はムダに年をとりすぎたのさ
できる事なら一生
赤ん坊でいたかったと思うだろう
そうさすべてのものがめずらしく
何を見ても何をやってもうれしいのさ
そんなふうな赤ん坊を
君はうらやましく思うだろう


 今改めて聞くと、1990年代のアシッドジャズのメソッドを全て注入した作品なのだ。
そんな時空を超えた作品をかまやつひろしは1970年代半ばにサラリと作ってしまっていた。
だから、そんな洒落っ気がある洋楽志向のかまやつひろしになぜ拓郎は「我が良き友よ」を贈ったのか。
拓郎はかまやつにこの曲を贈る時に「かまやつさんにぴったりの曲が出来た」といって渡したという。
バンカラなキャラでもない人が飄々と歌うところに化学反応を求めたのか。ヒットを狙う拓郎の目がそう読んだとしか思えない。
しかし、その曲があったからこそ、「ゴロワーズ・・・」も生まれたわけだから、今となってはそんな疑問は良しとしようか。
 しかし、六本木や青山あたりで時代の最先端の芸術家たちと遊んでいたかまやつひろしにバンカラな先輩の歌を歌わせた拓郎・・・いまだに疑問である。
結局、「拓郎がバンカラキャラ」という誤解を生じさせたことについては、何の解決もないが。

2016/07/20
花形
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by yyra87gata | 2016-07-20 17:15 | 音楽コラム | Comments(0)