音楽雑文集


by yyra87gata

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 年末の大掃除として、我がレコード棚を整理しているとつくづく偏った音楽嗜好と思う。自分としては何でも聴く雑食を自負していたつもりだったが、いざ目の前のレコード達を見ると全然揃っていないジャンルがあることに気づく。
 それは最近のJ-POPやK-POPといった類のものではなく、私が学生時代に聴いていた音楽についてである。
そもそもジャンルなんてものはレコード会社が作ったものなので、そこに左右される必要は全くないのだが、私の中にヘビメタと呼ばれる音楽が無いのである。
ま、ヘビメタという定義もよくわからない部分もあるのだが(古いミュージックライフなんて読んでいるとツェッペリンもヘビメタであると書いてある。1975年頃)、もう少し詳しく書くと、1980年代~のウルサイやつ・・・。
 私の高校の頃に流行っていたレインボー(日本ではヒットソングよりその頃は、北海道のコンサート圧死事件で有名になってしまった)、マイケル・シェンカー・グループ(マジソン・スクエアー・ガーデンと間違えてた)、スコーピオンズ(へぇ、ドイツ人もこんなウルサイの好むんだぁ・・・)、アイアンメイデン(ニール・マーレーって本当にいろんなところにいるね)。それからそれから・・・デフレパード、オジーオズボーン、ヴァンデンバーグ、ラット、モトリークルー・・・ちょっと書ききれないが、そういった類のバンドたちをまともに聞いていないのだ。もちろん、商業的に成功したものは聞いてはいるが、そもそも聞き込んではいない。
それは多分その曲が流行っていた時の私の状況等で十分左右されるものなのかもしれないが、最初から聴く気が無いといったことも事実である。
では、なぜ聴く気が起きないか・・・。
それは・・・音圧の問題。
 ディストーションを3つ位つなげ、せわしなくリフを繰り返すギター。口ずさめない超高速のリードソロ。ドコドコとバスドラを連打しながらクラッシュシンバルとトップシンバルが交互に鳴り響くドラム。シンセサイザーがきらびやかに装飾し、地を這うベースがギターのようにランニングしている。そしてその地鳴りする音の上を高音のヴォーカルが浮遊する。歌詞を理解しようとしても難解なギリシャ神話みたいな内容かSon of a bitchみたいなとてもお上品な内容かに分かれ、結局この激しいビートを通じて何が言いたいのかよくわからないという結論に達してしまうことが多いからなのだ。そしてその重厚な音圧が眠気を呼んでしまい、2分もすると眠くなってしまう。だから、聴き込むこともできず(しようともせず)、自然と聞き流してきてしまったのだ。
これは、メロコアやハードコア、デスメタル等も同様。また、言葉遊びにしか聞こえないラップも自分のテリトリーにはない音楽文化で、マイクを斜め上に持って叫ぶ若者を見ると・・・私の聴く音楽じゃねぇな、と思ってしまう。
 もちろん、人には嗜好があるので、フォーク?ふざけんな!ブルース?かったりぃ!という意見もあるだろう。だが、私はヘビメタを決して否定しているわけではない。れっきとした音楽文化であることは認めるし、それを愛好するファンも尊重する。ただ、私にはそれを理解するだけの時間を要することができないだけだ。
但し、こういうこともある。
 私の周りではヘビメタ好きの人が何人かいるが、彼らの演奏はそれはそれで面白い。自分の聞かない音楽を友達というフィルターによって聞くことができるので、なんだか親和性も生じる。

ありゃぁ~すごい速く弾けるのねぇ・・・とか、
高い声が出るのねぇ・・・なんて具合。
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 因みに私は1987年発表の『ホワイトスネイク(サーペンスアルバム)』は名盤だと思う。
あれは、ヘビメタというジャンルなんだろうか?どうなんだろう。
このアルバムは大学時代に聞いて、それからずっと聴き続けている。
デビッド・カヴァーデールの説得力のあるヴォーカル・・・ディープ・パープルでは出せなかった味だもんね。
イアン・ギランと比べられちゃってね・・・。
ま、日本人はコブシが回る文化だからデビカバの方が聞きやすいと思うんだけどね・・・。
ま、いいか。
で、ホワイトスネイクの『ホワイトスネイク(サーペンスアルバム)』はヘビメタなんだっけか?

2012年12月27日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 18:55 | 音楽コラム | Comments(0)

アコギでNight ふぇす

 
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 12月である。
今年もいろいろな音楽人とめぐり逢い、楽しい時を過ごした。
振り返ると毎月定例ライブであった「御徒町F」は幹ちゃんの引越しという一大事業があったため5月で終了。今年はライブ数が少なくなるな、と思っていたがなんやかんやで11本なので、毎月1本やっていたことになる。
6月以降は新橋や四谷、新大久保に歌う場所を移し、活動。刺激的な音楽人がたくさんいて、充実したライブが多かった。

 40代も後半になると仕事以外で人との出会いは少なくなる。スポーツクラブやゴルフの打ちっぱなしなど定期的に赴く場所がある方は、そこで顔見知りになり、言葉を交わしていくということもあるかもしれないが、この歳で仕事の傍ら音楽活動をしているとライブ本数も限られるので中々その機会も増えない。ましてや音楽なんて嗜好の世界であるから「合う」か「合わない」かという問題もある。ま、そんなことを考えず気楽に話しかけられるようなおおらかな人であれば別だが、いかんせん自分にそのような素養は無く、一人遠くから人の話を眺めている(それも全然苦痛ではないのだが)ことが多いと出会いなんか中々ありゃしない。
しかし、今年出演したライブでの音楽人との出会いは多く、素晴らしいものであった。
やはり演奏する音楽のセンスは、その人の内面を描くというか音に出るというか。
特に新橋ZZで開催されている「アコギでNight」は秀逸である。
ハッシーさんとたかこさんがセレクトしたミュージシャンはそれぞれの色を持ち、1回あたり5組の濃い音が心地良い空間を作る。
 私は数十年と様々なイベントやライブに参加、観覧などをしているが、こんなに飽きさせないイベントは珍しい。加えてミュージシャンシップにのっとった演者とそれに呼応する観客の関係も素晴らしく、会場が自然と音楽を聞く態勢を取る。至極当たり前の事なのだが複数参加型の、しかもジャンルも違うミュージシャンのライブでこのように参加者全員を好意的に向き合うという事自体、稀有なことである。しかし毎回この「アコギでNight」はその雰囲気なのだ。
これもお二人のプロデュース力、といつもながらひれ伏してしまうのだ。

 先日の12/8。真珠湾攻撃から71年。ジョン・レノン暗殺から32年経った日。新宿Crawdaddyで「アコギでNight」フェスが開催された。
お二人の温めてきたミュージシャン達をみんなに紹介したいという気持ちから数多くの「アコギでNight」チルドレンが集まり、大騒ぎした。
演奏時間は6時間近くに及び、感嘆、感動、笑い、癒し、和み、苦笑、驚愕、騒乱・・・様々なシーンが飽きることなく続いた。素晴らしい時間だった。
私も僭越ながら参加させていただいたが、どこかウッドストックにでも出演しているような気分になり、いや、中津川フォークジャンボリー?いや、箱根アフロディーテ?いや、ワンステップ?いや、つま恋?・・・、もうやめよう。

 イベントをプロデュースすることは並大抵なことではない。「知力」「胆力」「体力」が備っていなければできるものではない。そして最重要な「人脈」が無ければただの御用聞きになってしまうリスクもある。プロデューサーは無の状態から絵を描ける人。そして、その素養をすべて備え持つハッシーさんとたかこさんにエールを送りつつ、来年もよろしくね、ということで「アコギでNight」の私見を偉そうに書いたが、あくまでも私見なので、文句があるならコメントしてくれ。時と場合によっちゃ・・・謝るから(爆)。

2012年12月11日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 18:31 | 音楽コラム | Comments(0)

ベースを探しています

 
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 長年借りっぱなしだった(というか、貸した方も忘れていて、最近使うことになったから思い出したように探し始めたとか・・・)リッケンバッカー4001を大学時代の先輩に返却した。都合7年位借りていたことになる。
その間に様々なライブに使わせてもらったから、非常に愛着のある楽器だった。
ここ最近では経年変化(老朽化)からペグの故障が起き、換装手術を行なった。当時のグローバーペグはすでに生産を中止しており代替え品となったが、しっかりマッチしてくれた。そもそも現行のリッケンのペグ穴は大きく、私の使用していたそれは若干小さいのだそうだ。いったい何年式のリッケンだったのか定かではないが、先輩の話を聞くと70年代の個体だそうだ。
つまり30年以上も前の電気楽器がネックも曲がらず、ちょっとしたメンテナンスでバリバリの現役だったのよ!先輩よ、電気楽器を7年もほったらかしにしていたらホコリやサビでノイズだらけのガラクタになってしまうのだぞ。私に感謝してほしい!なんて只で使って偉そうにしている・・・いや、只ではない。ま、私がこのリッケンに掛けたメンテナンス料なんてたかが知れているが(3万くらい)、借り賃ということとそれくらいの金をかけてもそれ以上の気持ちよさがあったので、良しとしよう(納得)。

 さてこれで我が家にベースが無くなってしまった。
但し、代替のリッケン・・・と思うと若干腰が引けることもある。
まず、4001はヴィンテージ市場でそこそこの価格がついているが(20万~40万)、中々私が弾いていた個体までのクォリティが無いのだ。
そして、リッケンは音が独特なのでどうしても音楽ジャンルを選んでしまうこと。こういったことを考えると、ジャズベースやプレシジョンといったスタンダードなモデルに目が行くのは自然な流れ。
しかし・・・他を寄せ付けないリッケンの佇まいは、孤高のベースという称号を与えてもいい位カッコ良い。
ピックでブリブリ弾くには最高なのだよね。ポールだってクリスだってロジャーだってゲディだってみんなブリブリ弾いてたよん。
そもそもリッケンを弾くベーシストって楽曲のルート音を追うというより、リードギターのように裏メロとか弾きまくっちゃう人が多いね。
しかも長尺だからタッパがある程度ないとカッコ悪いんだよな。だから、あんまり日本人は似合わないかも・・・リッケン弾いてるベーシストってあんまり見ないもんね。(遠い昔に後藤次利が弾いてたな・・・拓郎のバックで・・・って40年前だよ!)

ううぅ、やっぱりリッケン欲しいなぁ。それともジャズベかなぁ。スペクターも面白そうなんだよな。今、この3本で悩んでいます。昔ほど衝動的に購入することもできなくなったので、1本に絞らんとね・・・。

そうそう、こういう楽器を選んでいるときが一番楽しいかもしれないね。

って、俺、ベースなんて弾く予定全然ないのにね!

2012年10月24日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 18:29 | 音楽コラム | Comments(0)

アナログ盤から想うこと

 
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 CDと違ってアナログ盤の音にはガッツがあります。歪むか歪まないかのギリギリで音が溢れますので、CDのように平均的にコンプレッションされていませんし、私は聴きませんがダウンロードの音楽のように更に圧縮された痩せた音などもってのほかなのです。
 昔、大学の先輩がジャズを聴くなら絶対アナログ盤に限ると言っていました。ノイズも音楽なんだよ、と。ロックもデカイ音で聴いてナンボです。だからそれらを理解している最近のロック歌手や往年の歌手は、限定でアナログ盤を発売しますものね。わかってらっしゃる…。
 電気メーカーの陰謀により(ステレオ販売が頭打ちになり、CDというメディアを創出し、CDプレイヤーを売ったんです。LDも同様)、アナログ盤は衰退し、基本的に無くなりました。レコード会社の親会社はみんな電気メーカーですかんね!
そんなそっち側の事情に振り回される我々リスナー。そして、音楽の作り手も手法の変更を余儀無くされます。だいたいCDに74分収録されるのが当り前になってきたから、どうでもいいような曲も入ることになるんです。売り手からすれば「お得感」を出しているつもりかもしれませんが、プレイヤーからしてみれば作品をたくさん用意しなければなりませんし(訳の分からん曲を量産することになる)、リスナー側としては1枚のアルバムを聴くにあたり、集中できる時間は45分~60分だと思いますよ。だから、私からするとお節介なんですよ。
要は最近のメディア媒体の発達?が、芸術家の才能をいじくり回しているとしか見えないのであります。CDもダウンロードもただのメディアツールですからね!
なんだかアナログ盤を聴いていたら、「そもそも論」って感じになってしまいました。
 先日、次女が英語のスピーチで人種差別について発表したいから何かいい素材は無いかと尋ねてきました。私は迷わずポール・マッカートニーのアルバム「タッグ・オブ・ウォー」を渡しました。そして、ご存知の「エボニー・アンド・アイボリー」を示しました。次女は歌詞の内容もさることながら、LPジャケットに感動しておりました。デザイン性、質感…そうです、昔はLPジャケットを小脇に抱え歩くことも一つの街の風景だったと思います。
 話がとっちらかっちゃいましたが、アナログ盤はいろいろな事を考えさせてくれます。アナログプレイヤーが無くて聴くことができないという方も大勢いらっしゃるでしょうが、でかいスピーカーで聴くクリームなんて、今のクラプトンしか知らない人は別人だと思うでしょうね。

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2012年10月15日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 18:27 | 音楽コラム | Comments(2)
 太ったロックミュージシャンって中々想像できない。チープトリックのドラマーのバーニーとかかなぁ。ミュージシャンでなければツェッペリンのプロデューサーであるピーター・グラントとか思いつくんだけど・・・。でも、昔から巨漢ギタリストという形容をされているレズリー・ウエスト。こりゃ何者だ?という感じで高校時代にプレイバック。
 私の高校時代の友人K君。彼はクリームのジャック・ブルースにしびれてしまい、勢いでギブソンのEBベースを買ってしまった。今思うと高校生にしてはかなり無理をした買い物だった。んでもって、彼の手の中でショートスケールのそのベースはブインブインと細切れな音を連発し、ジャック・ブルースを気取ってフリージャズのような音を速射していた。しかし、そんな彼に誰も合わせることができず、結局はいつもの緩い(彼にとっては・・・)ロックを演奏するしかなかったのだ。
K君は「んじゃあ、わかった。フェリックス・パパラルディを知っているだろ?そう、かのクリームのプロデューサーだ!そのフェリックスが組んだマウンテンというバンド、これやろう!」
なんという変わり身。クリームからマウンテン。フェリックスつながりでバンドの選曲をしちゃう彼。
私は唖然としながらもK君から借りたマウンテンのアルバムを聴きまくった。

 マウンテンは1968年にギターのレズリー・ウエストとベースのフェリックス・パパラルディが知り合ったことから始まった。1969年のアルバムデビュー後、グランド・ファンク・レイルロードなどとともに、70年代のアメリカンハードロックの代表的なバンドとして知られている。日本でマウンテンの名が知られるようになったのは、1971年の「ベートーヴェンをぶっ飛ばせ」(「ロール・オーバー・ベートーヴェン」として知られているチャック・ベリーの曲)がヒットしたことであろうか。この「ベートーヴェンをぶっ飛ばせ」だが、原曲はチャック・ベリー。ビートルズのカバーで有名な曲だが、マウンテンのそれを聴いてしまうとあのビートルズが可愛い虫に見える。やっぱりこれくらいでかい音でぶっ飛ばさないと!・・・ビートルズはぶっ飛ばしてないもんなぁ・・・。
さて、マウンテン。K君が一押しだったアルバムは1971年『ナンタケット・スレイライド』である。
タイトル曲の「ナンタケット・スレイライド」は18分にも及ぶ大作でジャック・ブルースとは正反対のどっしりしたそれでいてロックの真髄というベースラインが格好良い。筋の通ったベースに粘りつくようなレズリー・ウエストのギターとスティーブのオルガンが絡みつくまさに70年代ロックなのである。
テクニック面で名が知れるベーシストは大勢いるだろうが、そんなものは関係なく、フレーズが心底格好よいというシンプルなベースラインはこのフェリックスの右に出る者はいないだろう。ベーシストというより有能な作曲家というべきか・・・。
てなわけで、K君とのバンド・・・。
私は「ナンタケ~」もいいのだが、このバンド・・・演奏するより聴いている方がいいなぁなんて思ってしまったのだ。つまり長々と演奏する意味がわからんということ・・・これは上手いバンドが鬼気迫る演奏を時も忘れて続ける良さというものがあるが、素人の高校生が長々と演奏しても誰も喜ばないと我ながら悟っていたんだな。だから、長いジャムって自分ではぜんぜんできないし、興味も無いのだ。ましてやドラムなんて疲れるだけだし・・・。
ということで、K君のアイデア(思いつき)もすぐにポシャッてしまった。
しかし、私にとってはマウンテンを教えてもらったということは儲けもので、その当時アルバムを結構聴いた。
私のお気に入りは彼らの4作目である『マウンテン・ライブ 暗黒への挑戦 (Live - The Road Goes Ever On) 』(1972)である。
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 このアルバムの聴きどころは、やはり18分にも及ぶ大作の「ナンタケット・スレイライド」なのである。
メルビルの小説「白鯨」で知られるかつて鯨の捕鯨基地であったナンタケット島を舞台にした巨鯨モビー・ディックとエイハブ船長を題材にした作品。
スレイライドの、スレは(SLEI) 「ソリ」のこと。そして RIDE は「乗る」でソリに乗って引きずられることを言う。
つまり、この小説は人生を海、善と悪をエイハブとモビー・ディックに当てはめ、人生の機微を思索した作品で、この小説の内容を詩にまとめたのはフェリックス・パパラルディの奥方であるゲイル・コリンズだ。才女であり、アルバム・ジャケットのデザインも手がけていたゲイル・コリンズ・・・しかしこともあろうか1983年、そのゲイルがフェリックスを射殺してしまうという事件が勃発!びっくりした!

 さて、この『マウンテン・ライブ 暗黒への挑戦 (Live - The Road Goes Ever On) 』は、M-1「Long Red」は69年のウッドストック・フェスティヴァル、M-3「Crossroader」とM-4「Nantucket Sleighride」は71年のニューヨーク、アカデミー・オヴ・ミュージックでの録音。M-2「Waiting to Take You Away」は詳細不明の新曲である。なんだかまとまりのないアルバムに聞こえるが、とにかくレズリー・ウエストの体が示すとおりマウンテンはでかい壮大なアメリカンロックを体現したバンドであり、弾くより聴くバンドなのであるから、いちいち細かいことは気にしてはいけないのだ。痩せていて長髪で足の長いロックスターが多い中で相撲取りのようなレズリーがギターをウクレレのように抱えて弾くシーンはアメリカンサイズな音楽そのものなのだ。ながーい演奏をうだるように聴くってのも最近の音楽ではお目にかかれなくなってきた。今時マウンテンを好んで聴く人がいるかどうかわからんが、レズリーはいまだに弾いているらしい。

因みにK君はマウンテンを諦めたあとベースを買い換えていた。はは。

2012年9月11日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 18:14 | アルバムレビュー | Comments(0)

「Stay with me」の思い出

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 私が大学4年の頃のこと。
今ほど就職状況もきつくなく、企業を選ばなければどこでも潜り込めた1980年代後期。
私は音楽クラブの活動こそ3年生で引退し、個別にチョコチョコとライブやレコーディングに勤しんでおりました。作り貯めた作品を暇そうな友人、先輩、後輩と手当たり次第に声を掛け、譜面を渡してレコーディング!終了したら飲みに行く!という、とても分かりやすい生活をしていた時のことです。
私は学校がとても好きだったので、授業が無くてもぶらぶらと校舎内を歩いたり、江古田の街で昼間から酒を飲んで酔い覚ましに学校の中庭で昼寝をしているような生活を送っておりました。なんせ、授業の単位は3年ですべて取ってしまい、1年掛けて卒論を仕上げる計画を立てた超優等生だったので。・・・要は暇だったということであります。
私がいつものように所属していた音楽クラブの部室やキャンパスの中庭のベンチでギターをボロボロと弾いていると後輩たちが哀れみの表情で「活動すればいいのに・・・」なんて声を掛けてくれるのですが、そんな時私は「ボーッと見えるかもしんないけど、いろいろとこれからのこと考えてんのよ」なんて呂律の回らない口調で応え、失笑をかっていました。
(あれ?なんで4年でクラブ活動しなかったんだろう・・・?? ま、いいか)

 さて、わが音楽クラブの大きなイベントとして秋に開催される文化祭(我々は芸術祭・略して芸祭<ゲイサイ>と呼んでいた)のステージがあります。ま、教室をライブハウスに仕立て、朝から晩までバンドがひっきりなしに演奏するという至極単純なものなのですが、ライブ慣れしていないやつにとってみたら部員以外の方に初めて見ていただくという晴れの舞台というやつなので、みんな躍起になって猛練習をするわけです。私も1年生から3年生まで十分にその雰囲気を楽しみました。そんでもって、そんな後輩君たちを見ながら心の中で羨ましいなぁ、なんて思いながら彼らのリハを見学していました。
そんな時、2年下の後輩君がやってきました。
「一緒に出てもらえませんか。スライド弾いて欲しいんすよ!」
私は断る理由も無いので首を縦に振りながら、それでもちょっと気になることがあったので確認しました。
「引退したOBが現役と一緒に舞台に出たらまずいんじゃない?今までそんなの無いでしょ・・・」
すると後輩君・・・
「なーに言ってるんすか!今までのそんな慣習をぶっ潰してきたのは先輩じゃないっすか!そんなこと気にしてるんすか?いいんですよ、出ちゃえば・・・」
ほほぅ・・・。やっぱり引退すると保守的なるんでしょうか・・・。やっぱり現役君が羨ましい、なんて思ったりして。

 それから、後輩君たちとのリハが始まりました。
彼らのバンドは70年代ロックを演奏するコピーバンドで、パープルやツェッペリンなどの鉄板ネタを得意としておりました。私も歳の割にはかなり古い音楽を聴く方ですが、彼らも中々いろんな引き出しを持っており、よく音楽談議をしたものでした。そして、彼らが私と一緒にやるために選んだミュージシャンこそフェイセズでありました。バンド全員で決めたそうです。
フェイセズ・・・なんと懐かしい響き。
 実は私は高校時代にフェイセズのコピーバンドは何度かやったことがあって、それなりに知っておりましが、その分、フェイセズ独特のグルーヴを出す難しさも経験していたのであります。
ダルなリズムからいきなりタイトになり、スジの通ったヴォーカルが入ると世界が一変する。そして、メンバーが思い思いの演奏をしていてバラバラに聞こえているがいつの間にかそれが太いビートになって圧倒していく。そんなフェイセズのグルーヴはフェイセズ特有のものであって真似をしようにも中々それっぽく聞こえないのであります。
 ヘタウマという言葉があります。ビートルズやストーンズに良く用いられる言葉ですが、かれらは決して下手ではありません。どちらかといえばステージ慣れした上手なバンドであります。彼らは若い頃ハンブルグやロンドンのライブハウスで1日に何度も何度もステージをこなしたバンドですし、そんなバンドが下手なわけがありません。速弾きだぁチョッパーだぁといったテクニック面だけで捉えれば足りない部分もあるかもしれませんが、彼らの強みはそんなことより優れた楽曲とそれに合致したバンドサウンドのグルーヴなのであります。バンドのグルーヴはメンバーが生み出す奇跡であります。そこに集まったミュージシャンどうしが醸し出す奇跡なのです。そしてそれを手に入れたバンドはホンモノなのであります。お助けのセッションミュージシャンでは決して出すことができないものです。
 さて、フェイセズもそんなホンモノのバンドのひとつであります。その楽曲をやるわけですから異様な気合が入りました。後輩君のバンドは高校時代から続いている彼ら独自のグルーヴを持つバンド。そこに私の飛び入り出演。しかもグルーヴ重視のフェイセズ。
私はいろいろなフォーメーションを考えてリハに臨みました。
例えば、喜び勇んでロン・ウッドのギター(彼が実際に使っていた本物だよ。ESP製)を持ちだし、スライドをギュンギュン唸らせてみましたが、どうもいまいちの音。なんか細すぎちゃうのよね。ホンモノのフェイセズだったら合ったかもしれないけど、ドラムの後輩は今までイアン・ペイスやボンゾを叩いていたわけだからケニー・ジョーンズのリズムとは違うのよ。だから自分の音が軽すぎちゃって。
だから、このギターは却下!
でもって、またまた自分の悪い癖が出てきてフェイセズのカバーをするのにフェイセズに成りきってもしょうがないんだから・・・ということで、ギターをギブソンSGに持ち替えてデュアン・オールマンのようにもっと泥臭いプレイに徹したのであります。ははは。これだったらイアン・ペイス、ロジャー・グローバーのリズム隊に負けない。って、フェイセズやるんだよ!何でギターがデュアン・オールマンなんだ!って声が聞こえたけど無視しました。
 
 芸祭当日。彼らの熱い演奏が続き、私はステージ袖でビールなんぞを飲みながらエヘラエヘラと笑っておりました。
 70年代ロックのオンパレードでありまして、ヴォーカルはイアン・ギランになったりロバート・プラントになったり・・・。
でもってアンコールであります。
後輩君に呼ばれて舞台へ。
直接アンプにシールドを刺し、ブーンというノイズがやる気にさせてくれます。
後輩君は笑っていました。ドラムのカウントの後、ハモンドB3が唸りをあげてシャッフルビートの洪水の中で暴れまくります。そしてその激しい渦の中から後輩君のギターがゆっくりとリズムを刻み始め、それに合わせるようにドラムとベースが続きます。さっきまで髪を振り乱してハモンドを弾いていた後輩君も今は陽気なホンキートンクなピアノをプレイしています。私も目で合図しながらスライドバーをゆっくりと弦に当てていきました。
そしてヴォーカルが重なります。
In the mornin' don't say you love me, 'Cause I'll only kick you out of the door

おっ!ヴォーカルの後輩君。ペースを気にして歌い始めたね。リハの時、最初からぶっ飛ばすと痛い目にあってたからね。
さぁ、盛上げていこう!
Stay with me, stay with me For tonight you'd better stay with me!

1番と2番のブリッジにあるキメの3連フレーズ・・・これがまたロニーっぽいフレーズ。でも完コピじゃつまんないからこのバースのエンディングでオールマンの「スティッツボロ・ブルース」のようなフレーズを入れたらメンバーもみんな笑ってましたな。

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 リズムギターに徹してくれた後輩君。本当はリッチーでペイジな人なのに一生懸命ブギーのリズムを刻んでいました。そんで、その上で私は自由にスライドさせてもらいました。
演奏は10分以上も続き、最後は客を無視して自分たちだけで楽しんでたりして・・・。

 ステージ終了後、後輩と握手(あの頃ハイタッチなんてなかったんじゃないか?)。
客席で見ていた同期のOBが「オマエ、ずりぃなぁ」なんて言ってましたっけ。
で、同期のそいつは続けて「Stay with meって後輩がお前に伝えたかったメッセージなんじゃねぇの?」なんて言うもんですから、
「馬鹿言うな!Stay with meはスケコマシの歌なんだぞ!勘違いするな!」と言ったものの、もし彼らの気持ちが少しでもだぶってたらちょっと嬉しいな、なんて思ったものです。

音源があるかどうかは知りませんが、写真は残っています。ヴォーカルもギターも私もみんな笑いながらプレイしています。

今から20年以上も前のことですが・・・。
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2012年8月27日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 18:11 | 音楽コラム | Comments(2)
 ハードロック好きの友達はすぐに裸になりたがった。酒を飲んでいるとやたらと全裸になりたがるやつもいた。あれは何なんだろう・・・たいした肉体美でもないし、さほど立派なモノを持っているわけでもないのに・・・私の周りには何故か脱ぎ始める人が多かった。もちろん学生時代のことであるが・・・。
かくいう私も野外コンサートなんかで素っ裸になって周りを驚かせたことが多々あるが、なんか開放的になりたいという気持ちは非常に理解できる。自由だなぁなんて勝手に思い込んで、普段、陽の光が当らない部分に光を当ててやって、ちょっとのんびりとした雰囲気になってみたりして・・・。でも、これはレッキとした犯罪行為であり、わいせつ物陳列罪で逮捕されても仕方がないのだ。中には裸を女性に見せてその反応を楽しむといった変態さんもいるが、私の周りのロッカーはそういう類の人たちではなかった。とにかく自分が気持ちよくなりたい・・・って同じこと?
 60年代から70年代のロックミュージシャンは自由と反体制を掲げ音楽を商売にしていた。もちろん、そういった傾向はその当時の時代背景に委ねられたものなのだが、とにかくロックは社会に対する若者のアイデンテティであった。だから、「常識を覆す」とか「大人の言うことは信用してはいけない」なんてことが当り前に存在していた。
そしてアメリカには「ヒッピー」という文化が生まれ、イギリスでは「モッズ」という生き方が形成されていく。特にアメリカのそれはベトナム戦争の影響から「愛と自由」を唱えるようになり、音楽的に言えば1969年のウッドストックでその終焉を迎えることになる。
愛と自由を求め音楽の祭典を3日間繰り広げたウッドストック。そのイベントの中にはヒッピーが溢れ、全裸で水浴びをし、水溜りで遊ぶ映像がスクリーンから飛び出した。
同じ頃、カリフォルニアの青い空とは対照的なダークサイドにジム・モリソン率いるドアーズが活動していた。彼は感情の赴くままパフォーマンスを繰り広げ、時には全裸となって衆人の前で逮捕されるという事件を起こす。
ジョン・レノンは愛と平和を訴え、ビートルズとは別にソロ活動を開始し、ヨーコとアルバム作りに没頭する。そのジャケットは全裸だった。
そう、あの時代は文化や時代のカリスマたちがこぞって全裸になった。
平和主義という観点から全裸イコール「武器を持たない」ということ。そして、全裸イコール「ありのままの自分」を表現したのだろう。
そんな先人たちの行動を見てきた我々の全裸への想いは・・・何か。

 最近の裸族バンドはなんと言ってもレッド・ホット・チリペッパーズ(略してレッチリ)だ。こんな紹介ではなく本来なら音楽性を語らなければならないのだろうが、まずは彼らこそ現代の裸族ロッカーであることを伝えなくてはと思ったからこんなに長いイントロを取ってしまった。。
彼らは靴下を男のシンボルに履かせ、練り歩き、演奏する。
一見馬鹿馬鹿しく見える彼らだが、その演奏力は高く、ハードロックとファンクとヒップホップを合体させたミクスチャーである。
そして90年代以降のロックを語る上で最重要なバンドであることは間違いない。
歌詞の内容は推して知るべし。騒々しい楽曲の中でアンソニーがドラッグやアルコール、アナキズム、快楽主義、刹那主義、性的描写、そして男のシンボルを叫ぶ。
つまり、自由を表現しているといってしまえば、60年代や70年代のロッカーたちと大差はないということだ。しかし、大きくずれることは時代背景がぜんぜん違うということ。
黒人もゲイもレズビアンもドラッグも30年前と比較すると90年代は全てにおいて市民権を得ている。そんな中での彼らのパフォーマンスを先人達は天国からどう見ているのだろうか。
1969年から30年経った1999年に開かれたウッドストック99に出演した彼ら、そしてそのパフォーマンスを見たファン・・・。ファンの一部が暴徒化し、放火騒ぎが起きる中のライブであったが(ベースのフリーはそんな時でも全裸!)、盛り上がり方が異常というかなんというか。もう、時代性なんて飛び越して刹那的に走っている潔さがある。馬鹿もここまでやれば大したもので、アンコールでは遠くに燃える炎を見ながら”Fire”を演奏するセンス。最高な時間だったと思う。

 彼らはパフォーマンスや言動、奇怪な行動ばかりが目立つが、本職である演奏を聴けばそれまでの彼らへの見方は180度変わるだろう。特にベースのフリーのリズム感とアンプを歪ませながらリードギターのように弾き倒す奏法は、レッチリの音楽性を方向付けている。
1995年発表の『ワン・ホット・ミニット』ではギターがデイヴ・ナヴァロに変わり、レッチリのアルバム史上一番ハードロック寄りとなったが、それもアルバムプロモーションツアーを終えるとさっさと脱退し、ジョン・フルシアンテが1999年発表の『カリフォルニアケーション』から復帰した。
たった2枚のアルバムでレッチリを語ることはできないが、この2枚に集約された音楽性が彼らの大部分を占めていると確信する。特に『カリフォルニアケーション』は、タイトルからして彼らの持つユーモアが炸裂している。
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「彼らの昔からの活動拠点であり、資本主義の象徴であるハリウッド映画産業を抱える" California"と「姦淫する」という意味を含む"fornicate"を合わせた造語であり、一種のレベリズム的なタイトルになっている」ウィキからの抜粋。
レッチリのド派手でハードファンクな内容を踏襲しつつメロディアスな面も見せた本作はセールス面でも成功を収め、グラミー賞も受賞し、名実共に頂点に上り詰めたバンドとなった。
こんな書き方をすると大顰蹙を浴びるが、彼らはただの裸族ではなかったのだ。私は親愛なる想いを込めて言いたいが、魂の開放を求めた裸も立派なアピールであるしそれがまかり通る世の中は平和な証拠なのかもしれない。ただ、それが刹那的に見えてしまうところがレッチリであるし、真のロックバンドというものだ。


平成24年7月30日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 18:05 | アルバムレビュー | Comments(0)
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 私の音楽供給源はラジオ番組「山下達郎のサンデーソングブック」(TFM 日曜14:00~15:00)である。この番組はオールディーズ専門のプログラムなので、最新音楽情報というわけではないが、私の知らない古いカルトな音楽の世界が大半を占めるので非常に勉強になるのだ。そしてオールディーズはただ単に古くてよい音楽というだけでなく、達郎氏の解説からそれが現在の音楽にどのように関わっているのかといった視点から楽しむこともできる。
加えて、音楽に対して真剣に向き合っている山下達郎という人の作るプログラムということにも興味があり、オンエアされる音楽の好き嫌いはあるにせよ毎回非常に楽しく聴いている。
最近の放送で気に入った曲があり、それを収録したアルバムを購入した。それがソロモン・バークの『Don't Give Up on Me』(2002)である。
 タイトル曲は達郎氏のフェイバリットソングで、癒されると同時に静かなる奮起の作品として彼は位置付けているようだ。
厳かに始まる静寂の中の音の粒。深く幾重にも刻まれた年輪の如く一音一音を大事に歌い上げるバーク。その魂の歌声に絡むハモンドオルガンに無駄な音はひとつも無い。
振り絞るように歌うアルバムタイトル曲の「Don't Give Up on Me」。ハスキーというよりしゃがれ声に近いヴォーカルが「あきらめないで!」と歌い上げるその心の叫び。62歳でのレコーディングである。
アメリカではサム・クックやオーティス・レディング、ジェームズ・ブラウンと肩を並べ、絶大な人気を誇るソウルシンガーであるソロモン・バーク。
ライバルたちが亡くなったり、現役活動を休止する中、ソロモン・バークだけは視力が弱くなっても、足が動かなくなり車椅子でステージに立つこととなっても、現役に拘り続けた。そしてこのアルバムは彼の後期における最高の輝きを見せたアルバムとなった。
 アルバムは彼を慕うミュージシャンたちが曲を書き下ろし、レコーディングされた。トム・ウェイツ、エルヴィス・コステロ、ヴァン・モリソン、ブライアン・ウィルソン、ボブ・ディラン・・・。
曲の素晴らしさも去ることながら、バークの説得力のあるヴォーカルとジョー・ヘンリーのプロデュース能力の賜物である。そしてこの作品はバーク初のグラミー賞受賞という形で実を結ぶことになる。
そして驚くことにバークはその後も精力的にライブ活動やレコーディングを重ねていく。ザ・ローリング・ストーンズのステージにも立ち、その模様は『ライブ・リックス』(2004)にも収録された。
2010年5月には「第24回ジャパン・ブルース&ソウル・カーニバル」に出演。初の日本公演を行なった。そしてその年の10月、公演が予定されていたオランダのスキポール空港の飛行機の中で急逝した。老衰であった。
 最後の最後まで音楽と共に生きたソウルシンガー。彼をただのソウルシンガーという括りにしてしまうには口惜しい。バークは60年代のアルバムタイトルで自ら名乗った『The King of Rock and Soul』から、ロックンソウルシンガーという彼だけの称号を永遠に名乗り続けるに値する最高のヴォーカリストである。
“Don't Give Up on Me”
長年様々な苦難と栄光を繰り返した男の心の叫び・・・「あきらめないで・・・」
心に沁みる音である。

2012年6月6日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 18:03 | アルバムレビュー | Comments(0)
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 15歳は不安定な年頃だ。身体と心がアンバランスとなり、不自然な行動を引き起こす。最も有名な例が「反抗期」というやつで、この時期になると何でもかんでも面白くなく、何にでも噛み付いてしまう。そして、度が過ぎると犯罪に発展し、万引きや暴力という形になる。但し、ある人に言わせれば、逆に「反抗期」がある分人間として素直なことで、「反抗期」を迎えず大人になるとその分忍耐力も無く、でかい犯罪を起こすケースもあるそうだ。
 湊かなえが2008年に発表した小説「告白」は、そういった不安定な少年を独特の世界観で描いている。少年に潜む虚栄心が担任の娘を殺めてしまうくだりは、読んでいて鳥肌が立つほどである。しかし、そういった事件が起き、犯人探しになったときでも約40名のクラスは無関心や野次馬的な反応を繰り返し、妙に白けている。まさに、現代の縮図ともいえる教室がそこにあるのだ。
奇才中島哲也が2010年に放った映画「告白」はこの世界観を余すことなく映像で表現した。そして、発表から2年も経っているというのに、私はこの映像を忘れることができないでいる。いや、映像というより、映像プラス音楽である。
 サウンドトラック「告白」は、映画を見終わった人間を再び「告白」の世界に連れ戻してくれる。
トム・ヨークのか細いヴォーカルが映像を浮遊する。メインソングとなっているレディオ・ヘッドの「ラスト・フラワーズ」は重い。
全編に流れるBORISのヒステリックなエレクトリック・サイケ・サウンドは、神経を逆なでするかのように響く。そして、そんな中に突然AKB48の作品がぽつんと1曲加わる。その混沌とした世界観。サウンドトラックでこれほど映画を表す作品は稀である。
残虐なシーンで美しいメロディ。
無邪気に見える中学生の映像に凍りつくようなピアノ。
幼児殺害で流れる小さな子供の優しい声。
これらは、ただ単に映画の中で流れていた音楽群ではないことがこのサウンドトラックを聴くと思い知らされる。それは、音楽が音楽として際立たせたこともあるが、これらの音楽は聞き手を別の世界に誘う。
しかも、改めて言おう。この「告白」はミュージカルでもなんでもない。ミステリー作品に属するものだが、私は気持ち悪いほどに心に残り、2年も経ってからサウンドトラックを購入してしまったほどなのだ。
監督の中島哲也は「映画を観ていない人にもCDだけで充分楽しめるようにした。むしろ映画を観ていない人にこそ買って欲しい」と言ったそうだがそれも頷ける。

 聴くタイミングを選ぶ作品だが、私はついつい車の中で聴いてしまう。特に流れるような首都高速。
目の前に展開するスピード感と混沌とした音が妙にオーバーラップしたとき、至福の快楽がそこに現れる。

2012年5月25日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 17:58 | アルバムレビュー | Comments(0)

1980年という年

 1980年という年は私の中でロックの終焉を迎えた年だった。
それは70年代と決別したという表面的なものだけでなく、事実としてあまりにも多くの不幸なニュースで彩られた年だったからだ。
 1月。いきなりポール・マッカートニーが成田で逮捕。日本公演はすべてキャンセル。ポール・マッカートニー&ウィングスは事実上活動停止となり翌年には自然消滅していく。
このコンサート・・・私は何度も何度も映画館に足を運び、映画『ロックショー』を瞼に焼き付けていた・・・私は行く予定だった。チケットの手配も親戚のお姉さんに頼み準備を進めていた・・・のに、だ。
その後の噂で、実はポールはもともと日本公演なんてやる気は無く、大麻でも持ち込まずにはやってられねぇ的なものだったんだ、とか。
実はあえて捕まるため=日本公演をしたくない=リハなんてほとんどやってないもんね・・・なんて軽い気持ちだった、とか。
9日間の拘留後、釈放の際に「日本で大麻所持はこんなに厳しいと思わなかった」とコメントした=なんで?大麻くらいいいじゃん、という気持ち。でも禁固刑まで話が行ったときはマジでビビッたけどね、とか。
相変わらずC調なポールではあるが、コンサートが中止になったことは事実で、そのために失望したファンはたくさんいる。ああ、ポールだからしょうがねぇな、なんて雰囲気はあの当時、絶対無かった。どちらかというと「信じられない」という気持ちとやっぱり欧米のミュージシャンはクスリ漬けなんだと思った。日本でも1978年あたりに芸能界大麻汚染なんてものがあって、みんな芋づる式にパクられた。日本での騒ぎのほとぼりも冷めたかなぁなんて思っていた矢先のことであったから、暗澹たる思いとなった。これじゃ、一生ジョンもポールもストーンズも見ることができないと思ったものだった(でも前年にボブ・マーリーがマリファナだらけのコンサートを中野サンプラでやってたからなぁ・・・案外大丈夫かな、なんて思うこともあった)。
で、ポールさん・・・真相はどうなんでしょ。1億5千万円の違約金を払ってまでも日本公演をやりたくないと言ってたのは本当なんでしょうか。さっさと金を払うよりもポール独特の洒落でありえもしない量の大麻を隠すことも無く持ち込んだゲームをしたのでしょうか・・・。
私は当時のミュージックライフを見るたびにウィングス観たかったなぁって思うのだよなぁ。
1980年。まず、ここからケチがついた。
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 夏になるといつもは全世界が浮かれるオリンピックも米ソの冷戦においてモスクワオリンピックは共産国大会になってしまう。ボイコットを決めた日本五輪協会の面々。スポーツと政治が絡んで、泣くのは選手だけ。ロックの終焉とは関係ないかもしれないが、世の中が歪んでいた一つの事象である。
9月。ピンクレディーがようやく解散したかと思いきや、いきなりジョン・ボーナム死亡の報せ。私はこの報せをラジオで聞いた。
FM東京の番組「サントリー・サウンド・マーケット」の中で、速報的に伝えられた。「レッド・ツェッペリンのドラマー、ジョン・ボーナムがオレンジウォッカの飲みすぎで死亡した」という簡単なコメントだったが、それを読んだDJのシリア・ポールがいつもの色っぽい声ではなく、無機質で抜け殻になったような声だったのを覚えている。
その後、ジミー・ペイジはバンド解散を決めるわけだが(12月)、ツェッペリンという大きなバンドが名物ドラマーを失ってどうなるかと言うのは私の高校時代の毎日の話題だった。
ザ・フーのように代わりのドラマーを入れるのか・・・いやいや、キース・ムーンが叩いていないザ・フーなど何の価値もない!・・・いやいやバンドとして続けていくことがすごいことだ。ストーンズを見てみろ!・・・なんて不毛な会話。
しかし、ツェッペリンの動力が消えたことは確かであり、みんなショックだったのだ。
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 12月。それはあまりにも唐突過ぎた。7時のNHKニュース、トップ項目。
「元ビートルズのジョン・レノンさんが・・・」
私は両親と食事をとりながらその映像をみていた。
母親が「ええーっ」という悲鳴に近い声を出したこと。私はその後、部屋に篭りレノンのレコードをすべて聞き直したこと・・・。
 その当時、ロックとかフォークとかレコード会社が決める所謂ジャンルはクロスオーバーしていて良く分からなかったんだが、ビートルズはビートルズだった。
ロックンロールでもハードロックでもフォークでもない。ビートルズだった。その中の1人が殺された。
レコードを1人聴きながら、今年は何て年だ!と思った。

大きなバンドがいきなり無くなった。しかもツェッペリンはヨーロッパツアーを終え、アメリカツアーに出る直前の事故。前回のワールドツアーはロバート・プラントの息子が幼くて急死するハプニングからワールドツアーが中止になった経緯もあるので、またしてもツェッペリンは旅の途中で炎上してしまったのだ。

レノンだってそうだ。
隠居生活からやっと抜け出し、『スターティング・オーバー』(1980)は意欲的な作品に仕上がっていた。タイトル曲はヒットチャートを上り始めた矢先の事件。
最愛の夫が目の前で射殺された。ヨーコの苦しみはいかばかりか。
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 ポールはウィングスとしては『バック・トゥ・ジ・エッグス』(1979年)でロッケストラ(ロックのオーケストラ版)という実験的な試みを行い、しっかりとウィングスの舵取りをしていたが、同時に行き詰まりも感じており、多重録音のソロアルバム制作にも入っていた。時代はテクノポップ全盛。ロッケストラはあまりにも前時代のもの過ぎたのだ(だってザ・フーとツェッペリンとピンクフロイドの面々が一緒に3コードのロックンロールをしてるんだから・・・)。
だから天才ポールが、多重録音でコンピューターミュージックに走ることも分からないでもない。
アルバムジャケットも成田で捕まったときの表情みたいで違和感がある顔のアップ・・・「俺を捕まえるのかぁ!」。
ポール自体1980年5月に発表した『マッカートニーⅡ』(1980)自体、自分の大切にしてきた音楽(ロックンロール)に対して皮肉を込めたアルバムなのではないか。
その意味からもロックの終焉なのだ。いや、それまでのロックの終焉なのか・・・。

2012年2月27日
花形
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by yyra87gata | 2012-12-27 16:30 | 音楽コラム | Comments(0)