音楽雑文集


by yyra87gata

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貧困、親との確執、犯罪、人種差別、チャンス、一攫千金、金、金、金、名声、王様、プライド、嫉妬、欺瞞、傲慢、裏切り、孤独、実力、栄光、孤高・・・。

 ジェームス・ブラウン(JB)の映画が話題になっている。2006年に星になったファンクの神様の人生を綴る作品で、50年代から死ぬまで歌い続けた黒人のシンガーは山と谷を経験しながら孤高の人となっていく。
JBの人生を綴りながらも、バンドメンバーや家族ら周囲の人々の生き様も合わせ、JBの影の部分にも、敢えて踏み込みながら映像は進む。このスケール感のある人生、日本人では理解できない世界だ。
戦後、焼け野原になり貧困にあえぎ、栄光を掴んだアーティストがいるかもしれないが、日本人の中で肌の色は関係ない。差別はあっても肌の色で交通機関に乗れないということは無いし、ましてやプールに入る制限もない。

人種差別・・・。
レイ・チャールズの映画も同様であったが、とにかく黒人が立身出世する物語に人種差別は避けて通れないのだ。それはアフリカから奴隷を輸入した国であれば必ずついて回る問題だからだ。そしてその差別を正常化するための礎を築いたキング牧師やマルコムX、ブラックパンサーなど物騒な団体も登場するが、これもブラックパワーの尊厳のために必要だったという見方も認識されている。
 JBの生い立ちは様々な資料が発表されているので割愛するが、日本では商業的な成功という印象が薄いので過小評価もしくは誤解を招いていると私は思う。
特に「Get on up !」のシャウトが「ゲロッパ」となり、“派手派手しい前時代的なエンターテイナーのおじさんが変な言葉を叫んでいる”という断片的な印象がメディアから流されている気がする。いや、あえてイロモノ的に紹介していたCMや映画など・・・。だから日本人にはファンクもソウルも理解できていないんだ。
そんなJBだが、私はミュージシャンというより当初はご他聞に漏れずエンターテイナーもしくはパフォーマーという概念で捕らえていた。しかし、この「アポロシアターのライブ」を聴き、その印象が180度変わったのだ。
私の持論は、JBはタイガー・ジェット・シンなのだ。
 タイガー・ジェット・シンと聞いて反応する人は40代後半の男性だと思うが、とにかくめちゃくちゃなプロレスラーだったのだ。リングに登場するときは観客の中を縦横無尽に練り歩き、サーベルを振り回し、危険極まりない。凶器攻撃やチョーク攻撃など当たり前で、戦う相手をみんな血祭りに上げた。アントニオ猪木はシンと戦ったことにより正統派のレスリングスタイルから闘魂のストロングスタイルに変わったとも言われている。しかし、このタイガー・ジェット・シンはただのヒールではなかった。ここぞという時は正統派のレスリングで猪木にだってフォール勝ちしてしまう。凄腕のテクニシャン。観客が求めるヒールを演じ、肝心なところでは自分のプライドのため勝負に出る。
つまり真のエンターテイナーなんだと思う。
 JBも一緒。
 ど派手な舞台や生活面での立ち振る舞いに目がいきがちだが、実は最高のヴォーカリスト。スローバラードを切々と歌い上げるハスキーヴォイスとマイクパフォーマンスを行いながらステージアクションをするJB。
ワンコードミュージックを延々と続けるが、その中に強弱だけではなく、グルーヴを作り出す妙技。ホーンセクションをまるでオーケストラの様に操り、絶対的な存在で音楽を組み立てていく。バンドをしっかりと統制するには、専制君主でなければ出せない技であるし、そのスキルが無ければ、あのような表情豊かなヴォーカルにはつながらないのだ。

 JBのホームグランドはニューヨーク・ハーレムのアポロシアターだ。
この劇場で何度となく名演を残している。JBがデビュー公演を行なったこの地。2006年に亡くなった際もこの劇場に棺は運ばれ、ファンと永遠の挨拶を行なった。そして、アポロシアターの裏通りの名称がジェームス・ブラウン・ウェイとなったことからもこの劇場は特別と言うことがわかる。
やはり、私はJBのアルバムではこのシアターの音源が一番しっくり来る。
 
 2013年にこれまでリリースされたジェームス・ブラウンの3枚のアポロ収録ライヴ・アルバムを1枚のアルバムにまとめた作品が発表されたが、私は何よりも最初のアポロをアナログで聴くのが好きだ。
勢いがあるソウルミュージックは、JBの真骨頂であると同時に彼の生き様でもある。
JBという巨星が放つ強烈な光は、後世のミュージシャンに継がれているし、ショービジネスとエンターテイメントに多大な影響を与えている。映像は見えないが、このレコードからはなんだか見える気がするのだ。
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 JBの映画を見終わり、さっさと家に帰り、針を落としたのがアポロのライブ。
やっぱ名演だわ。

2015年6月25日
花形
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by yyra87gata | 2015-06-26 08:46 | アルバムレビュー | Comments(4)
  私は主にアコースティックギターを弾いているが、コンサートなどに行った時、ほとんどギタリストを見ない。同業者だから見るべきなのだろうが、あまり興味がわかず、アンサンブルの中で入ってくるリフや音色などを感じるだけで、弾いている姿などを見つめるということはしない。
そんな時、私はもっぱらベースとドラムを見ている。リズム隊のコンビネーションを観察するように見る。その中で、上手いか下手かの判断をするのが常だ。
派手さは無くともリズム隊ががっちりタッグを組んでいれば、音楽は上質なものになる。逆にテクニシャン揃いのバンドでもコンビネーションが悪ければバラバラの演奏になるか、その音楽を壊してしまうだけだ。
私はヴォーカルのある音楽が好きなので、ヴォーカリストを際立たせるプレイヤーが好きだし、そういうアレンジが好きだ。
  リードベースという言葉がある。ギターのようにフレーズを弾きまくるベースプレイヤーを指すが、その代表例はジョン・ウェットウィスル(ザ・フー)、ゲディ・リー(ラッシュ)、日本では加部正義(ジョニー・ルイス&チャー)など。少人数編成のバンドのベーシストに多く、3ピースでいうところの和音楽器であるギターの音の幅を広げるため、裏メロなどを弾きまくるベーシスト。それはあたかもひとつの音楽の中にもうひとつの音楽を作るかのようにベースラインが生きる。私はそんな音楽が昔から好きだ。
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  以前コラムで紹介したが、私のスマホにダウンロードしてある2曲のうち(1曲は吉田拓郎「流星」アレンジが秀逸)、もうひとつの曲を紹介したいと思う。
 松原みき「真夜中のドア~Stay with me」である。1979年発表で、前述の「流星」も同時期の作品だ。私は14歳、中学3年生だった。
「流星」を紹介したときも述べたが、当時の私が曲を判断する基準はアレンジだ。当時、私はエレクトーンを小学校低学年から続けており、とにかく曲を聴く際、アレンジを重視していた。
エレクトーンはメロディ、コード、ベースと3つの音を1人で演奏する自己完結型の楽器で、演奏の滑らかさも去ることながらアレンジ能力が問われる楽器だ。だから、音楽の聴き方も自然とそうなってしまったのかもしれない。
  さて、この「真夜中のドア~Stay with me」(作詞 三浦徳子、作曲 林哲司、編曲 林哲司)だが、この作品は日本のシティポップのセンターラインを行く作品で、林哲司の初期の作品である。林は80年代以降アイドル歌謡からポップスまで幅広く作品を発表し、日本を代表する音楽家となっていく。
私がこの作品に着目した点は、中学生の私でもわかる曲の流麗さと映画音楽を聴いているような心地よさがあったこと。低音から高音まで自然に伸びるヴォーカルの豊かな表情。
歌心を感じさせるベースラインの妙。我慢して我慢して、最後に昇華するギターソロ・・・。
ポイントをあげていくと数十項目にも及ぶ。
そして、当時はあまり理解できていなかったかもしれないが、三浦徳子の描くドラマのような歌詞は読み返すだけで男と女の関係性が端的にまとめられているのだ。

  ラジオから突然流れてきたこの曲。当時の私はサビの部分だけが頭に残り、脳内でヘビーローテーションとなった。そして、時を待たずしてシングル盤を購入。前述にあるような曲の解析を始めた。
「真夜中のドア」は、キャロル・ベイヤー・セイガーの「イッツ・ザ・フォーリン・ラブ」のアレンジに似ていると話題になった。その歌はそもそもマイケル・ジャクソンの大ヒットアルバム『オフ・ザ・ウォール』(1978)に収録され多くの人に知られていたが、この頃のAORはどれも似たり寄ったりのアレンジで、所謂トレンドだった気がするし、「真夜中のドア」の方が演奏も緻密で、歌詞の醸し出す雰囲気を十二分に表現していたと思う(当時はそんなに歌詞については解析できるほど大人ではなかったが・・・)。少なくとも当時の私には「真夜中のドア」がすんなり入ってきたのだから誰がなんと言ってもしょうがない。
  演奏については、申し分ないメンバーが揃っている。渋井博(Key)、穴井忠臣(Per)、林立夫(Dr)、松原正樹(G)、後藤次利(B)、数原晋、村岡健(Horn)。
約35年前の演奏だから、彼らも20代~30代。ノリに乗っている時期で、演奏に凄みさえ感じる。特に後藤次利のベースは際立っている。文頭にも述べたがベースフレーズが歌いまくっている。彼もリードベーシストと言ってもいいだろう。そんな彼の秀逸なプレイは、「真夜中のドア」にはシングルヴァージョンのほかに存在するオルタネートヴァージョンで余すことなく確認できる。曲中でオフリズム後、ベースとヴォーカルだけになるパートがあるのだが、そこで演奏されているデュエットが圧巻なのである。次利のベースは松原みきのヴォーカルを上手く押し出しつつ、主張する。この頃の次利はBCリッチのイーグルベースを好んで使用していたのでフェイズがかった音色も彩を加えている。とにかく短いフレーズの中でベースが歌っているのだ。
  そして、松原正樹のギター。歌の初めから控えめなカッティングに終始していたギターはエンディングのリフレインでカッティングからリズムを刻みながらフレーズに化けていく。松原正樹の指が指板を踊る。ES335特有の粘りのある響きがフェードアウトしていく音の中で印象的なフレーズを主張するのだ。決して現代の打ち込みではできない空気感がそこにある。松原正樹はユーミンや松山千春、さだまさしなどといったニューミュージック系のアーティストから歌謡曲全般までオールラウンドのギタリストであるが、「真夜中のドア」で聞くことができるフレーズは彼と言うより、日本のポップスを代表するフレーズと言っても過言ではないと思う。
  林哲司のアレンジの特徴は、ドラマチックに見せる音のつなぎ方に尽きる。アクセントの持って行きかたなど独特の林ワールドが存在する。
当時の歌謡曲やポップスアレンジで、タメという概念はあまりなかった。しかし、林はここぞというサビの前にタメを多用したのだ。リズムを落とすタメはそれまでの流れを一瞬止めてしまうためグルーヴを失うというリスクを孕んでいるが、演奏技術が整っていればこれほど効果的なアクセントはない。
「真夜中のドア」でもサビ前にスネアの2連打ち×2回というタメが使われている。このタメがこの作品の真骨頂と言ってもいいだろう。このドラマチックなアレンジに私は参ってしまったのだ。
同時期に竹内まりあの「セプテンバー」も林作品としてヒットしたが、同じフォーマットでヒットしていることから、聞き手に確実に入ってくるアレンジとして確立したものであると中学生ながら私は確信した記憶がある。
だから、私の作る歌にはこのタメを入れることが多い(笑)。

  松原みきは残念なことにもうこの世にはいない。2004年に子宮頸がんにより逝去している。44歳という若さである。本当に美しい人だった。
一度ライブを見たことがあるが、ハスキーボイスでコケティッシュな印象。決して声量があるわけではないが、父親がジャズミュージシャンと言うこともあってか、雰囲気のある女性だった。

「真夜中のドア」は気が向くとすぐ聞けるようスマホに入れたが、気が向きすぎて1週間に3回は聞いている。
そういえば、この歌のせいで私はスタジオミュージシャン好きになったのかもしれないと今思った。

2015年6月23日
花形
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by yyra87gata | 2015-06-23 18:13 | 音楽コラム | Comments(2)