音楽雑文集


by yyra87gata

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 アメリカと北朝鮮の代表2人が核ミサイルのボタンに指を乗せていた頃、お花見で盛り上がる日本では、一部のマスコミだけに緊張が走ったが、概ねどのテレビ局も普段どおりのバラエティ番組の中で荒唐無稽な笑いを提供していた。
そんな2017年4月14日の午後、ソロ公演のため来日していたイアン・マッカロク(エコー&ザ・バニーメン)はマネージャーと2人、無許可で日本を出国してしまった。招聘元のスタッフはもちろん、英国から連れてきていたスタッフにも話をせずにである。
戦争開始を危惧し身の危険を感じての行動なのだろうが、スタッフはもとよりファンに対する礼儀もあったものではない。
しかし、この不届きな行動・・・決して褒められたものでは無いが、果たして・・・。
核戦争の危機感をあまりにも感じ取れていない日本。
何をしでかすか分からない北朝鮮の代表と、つい1週間前に中国主席との会談中にミサイルをシリアに向けて砲撃したアメリカの代表の手元には常に核ミサイル発射装置があり、アメリカNBCは4月15日をXデイとして報道していた。
そのような報道が飛び交う中、北朝鮮とアメリカの戦場になると予想される日本の緊張感の無さといったら。
いたずらに報道を煽る必要はないが、イアン・マッカロクの取った行動を非難することができない気もする。
 
 さて、このようなマイナスな書き出しで始めてしまったが、イアン・マッカロク率いるエコー&ザ・バニーメン。
1970年代後半に結成され1980年代後半まで一線で活躍し、後世のバンドへの影響力は非常に高いものがある。
ジャンル的にはネオ・サイケやオルタナティブ・ロックと称され、コールドプレイやニルヴァーナへの影響力は多大だと言われている。
バンドとしては、アメリカでの商業的成功は成し得なかったが、世界中に根強いファンを持ち、メンバーの死亡などで一度は解散状態に陥ったが今でもマイペースに活動を続けている。

 私が彼らを最初に聞いたのは1983年頃だったか。
部屋でFENを流していたら、聞き覚えのあるヴォーカルが妙な唄を歌っていると思った。
「ドアーズにこんな唄があったか」という第一印象。「モリソンは死んでいるのだから、なにか未発表音源でも見つかったのか・・・」
それがアルバム『ポーキュパイン』(1983)との出会い。エコー&ザ・バニーメンのヴォーカルであるイアン・マッカロクは、ドアーズのジム・モリソンと間違えるくらい曲調や声のトーンが似ていたのだ。
そして、続けてイギリスのどこかで行なわれたライブ音源が放送されたのだが、テレヴィジョンの「フリクション」をトム・ヴァーラインのヴォーカルのように不安定に歌っていたのだ。このヴォーカルは只者では無いと思った。
 当時アメリカではマイケル・ジャクソンの『スリラー』(1982)をはじめ、ケニー・ロギンス、ジャーニー、ホール&オーツなどがメガヒットを連発。洋楽テレビ音楽番組の「ベストヒットUSA」は華やかなラインアップで彩られていた。
そんな弛緩した私の頭の中に入り込んできたエコー&ザ・バニーメンである。

 私はもともとニューヨークパンクが好きである。ニューヨークパンクはパティ・スミスしかりベルベット・アンダーグランドしかり、唄という作品で人間そのものを表現し、それが悲痛なロックであり静寂なバラッドであり、ポエトリー・リーディングであり、音楽表現の自由さが無限大にあるところに惹かれていた。
そんな中でイギリス、しかもリバプール出身のエコー&ザ・バニーメンの演奏はとても異質に感じられたのだ。
当時のイギリスのニューウェーブの筆頭はポリスであり、もう一つの流れとしてパンクバンドであったザ・ジャムから派生したスタイルカウンシルが人気を二分していたが、エコー&ザ・バニーメンからはイギリスの匂いよりニューヨークの匂いがした。モッドな雰囲気も無かったし・・・。
そして翌年、アルバム『オーシャン・レイン』(1984)が発表され、その中の「キリング・ムーン」は彼らの代表曲となった。
この「キリング・ムーン」・・・切ない男のラブソングだ。

 「蒼い月の下で出会い、一瞬のうちに私を魅了した貴方。
  貴方は残酷にも私にキスをした。魔法のような世界に私をいざなう。
  そして宝石をちりばめた空にキリング・ムーンが昇ってくる。
  運命・・・意志ではどうにもならないもの・・・どんなことが起きようと私は待つ
  貴方が私に身を委ねるまで・・・」

 「キリング・ムーン」に魅了され、何度も聞き込んでいたが、後に発表された12インチの「オール・ナイト・ヴァージョン」がこれまた特筆ものなのだ。
重厚なストリングスとVOXのビザールギターのチープな音のコラボレーション。
イントロを聴くだけで神経がどんどん覚醒されていく。9分にも及ぶ超大作。白眉のパフォーマンスである。
そして、この「オール・ナイト・ヴァージョン」を収録したアルバムが『まぼろしの世界(12inch+LIVE)』(1988)である(原題「NEW LIVE AND RARE))。
1988年の来日時に編集盤として制作された企画盤で、タイトル曲の「まぼろしの世界」は言わずと知れたドアーズの名曲である。イアンのヴォーカルは、ジム・モリソンが憑依した如く鬼気迫るヴォーカルとなっており、しかもこの曲のプロデュースはドアーズのキーボーディストであるレイ・マンザレクが務めているという懲りよう。
他にも、ビートルズやストーンズなどのロックの名曲をカバー。
特筆は前述したテレヴィジョンの「フリクション」まで収録されていること。これは嬉しい1曲である。
41分と最近のアルバムと比べると短い収録時間のアルバムだが、おなかいっぱいになること間違い無しである。

 逃げるように帰ってしまったイアン・マッカロクだが、もう再び日本に来ることは無いだろう。
とりあえず現段階ではミサイルは飛んでいないが、緊張は続いている。
 
2017年04月17日
花形
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by yyra87gata | 2017-04-17 10:51 | アルバムレビュー | Comments(0)

清志郎のSF

 
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 SFって苦手なんだよ。夢が無い人と思われるかもしれないけど。SFって科学的な空想を模索しながら架空の世界を構築してるわけだけど、なんだかよくわからないんだよね。
アタシのSFなんて小学生の頃に見たウルトラセブンで止まってるし(今、再放送してて、たまに見ることがあるんだが、あれは人間ドラマだね。子供の見るドラマでは無いよ)、宇宙戦艦ヤマトだって御伽噺の世界だわ。だいたい空を飛ぶのに空気抵抗がハンパ無い船の格好という荒唐無稽さに当時の小学生の頃のアタシは苦笑してたから。
 だから同時期に流行ってたスターウォーズなんていまだに見たいと思わないし、みんながその話題をしていても「オイラは放っておいてくれ」ってな感じ。
超現実主義だから宇宙人がやってきてドンパチする映画なんて、途中で飽きちゃうから見ないようにしてるもん。だいたいSF映画を撮り始めてから何十年経ったかわかんないけど、相変わらず宇宙人って人間の姿をしていたり、蛸のお化けみたいだったりで、想像力が乏しすぎやしないかと思うわ。
ま、こういう文を書いているとなんてつまらないヤツだと思われるかもれないが・・・、音楽についてのSFはちょっと敏感になるのね。
 
 アタシの知ってるSFの音楽って2つあんの。
まずひとつは、1975年、リチャード・オブライエン作のロック・ミュージカル『ロッキー・ホラー・ショー』の代表曲「Science Fiction, Double Feature」。この曲は往年のSF作品の代表的な事柄を書き並べた不思議な曲。おどろおどろしいロック・ミュージカルの素敵な序章なのよ。
往年のSFへのオマージュであり、ポップ&サブカルチャーな作品として1970年代当時の社会規範、道徳観、通念をぶち壊しながら表現した。
「様々な不思議な世界がありますよ~これから2本立て(映画館)で始まりまっせ~」って感じ。ま、往年のSF作品を知っていたらもう少し楽しめたかもしれないが、アタシはそんなものよりカルチャーパワーの方に重きを置いてしまうので良しとするのだ。いいの、いいの。
 で、もうひとつのSF。
1986年3月にシングルで発表された「忌野清志郎&ジョニー・ルイス&チャー」の「SF」。
「県立地球防衛軍」というアニメのテーマソングを何故かこの面子でやっている。で、アタシは何故か1985年の11月と12月の2回、こいつらを観ているのだ。
 1985年11月24日、一ツ橋大学文化祭(小平祭)、兼松講堂。アタシの目当ては、泉谷しげる。BOOWYは「暴威」から「BOOWY」に名前を変えてメジャーデビューしたばかりだったが、6人から4人になってビートバンドっぽくなっているという情報。でも、あまり気に留めていなかった。布袋がギターを弾いているから聴いていたけど、どうしても氷室のヴォーカルが「ヒデキ感激!」に聴こえてしまって・・・ま、いいか。そんで、ゲストに忌野清志郎とクレジットされていたが、きっと泉谷のステージに乱入して2曲くらい歌って毒づいて帰っていくのだろうな、と思っていたからこれもあんまり期待していなかった。
 当時の泉谷のバックは最強で、ギターは布袋寅泰、ベースは吉田健、ドラムは友田真吾(SHI-SHONEN)。185センチクラスの身長のギタリストとベーシストに挟まれた泉谷は、捕まった宇宙人みたいだったけど、パワフルな演奏と今までに聴いたことも無い布袋の宇宙的な空間の音作りが泉谷のメッセージにフィットして新しい音の塊になっていたのだ。
 で、寒い中、彼女と2人で開場を待ってたの。あ、彼女って今のうちの家人だけど、当時から泉谷が好きな変な女子大生で、みんながサザンとかユーミンとか騒ぎ始めると不機嫌になる人なのね。今でもそうだけど、大っ嫌いみたい。だからうちの娘たちもサザンとか全然聴かないし・・・同世代の中で浮くって言ってた。あ、話が反れたね。
で、とにかく寒くて震えながら待ってたのよ。そしたら、文化祭(小平祭)の実行委員みたいな大学生がメガホン持って出てきて、「BOOWYは来れなくなりました。でも泉谷しげるはあります。BOOWYご希望のお客様はチケットの払い戻しします!」って。
「なんだよ、BOOWYが来れないなら布袋も来れねぇのか?泉谷の弾き語りなんて観たくねぇな~」と思い、アナウンスしていたそいつに聞いたの「泉谷ってちゃんとバンドでやりますか?」
「あ~はい。バンドでリハーサルしてました。BOOWYの人も来てましたよ」だって。
「じゃ、観るべぇか」みたいな感じ。
 で、開場。
程なくして・・・いきなりJL&Cが出てきたのね。もうクリビツテンギョー。
「おっ!これは得した!やった~!」なんて言って彼女と小躍りしたのよ。そしたら例の地を這うような声と共に清志郎も出てきたわけ。
「イエ~~~!オマエら!よーく聴け~!泉谷なんか聴かなくていい!俺を聴いて帰れ~!」
なんだこの挨拶。
 驚きましたよ。大好きなJL&Cと清志郎が一緒にやる。
演奏曲はRCのレパートリーからカップスまで(ルイズルイスに敬意を表して)。で、新曲の「SF」とフォークソングみたいな「かくれんぼ」という歌も披露したの。
なんで、こんなバンドが出来たんだろうってみんなが首を傾げていたら清志郎は
「俺のな、可愛い可愛い、ミニちゃんのタイヤが減ってきて・・・車検も通さなくてはならなくて・・・で、しょうがないからジョニー・ルイス&チャーにお願いしてシングルを作ることになった!だからレコードが出たら必ずみんなは買うように!」って言ってた。
いや~演奏はスリリングだし、清志郎のヴォーカルは圧倒的だし、ささっと50分くらいやって帰っちゃったけど、インパクトはもの凄かったね。
もちろんその後に出てきた泉谷も凄く良かったけどね。
リハの詰め方は置いておいて、演奏のインパクトでは清志郎、JL&Cだったね。
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 時は1ヵ月後。
武道館でイベントがあって、チケットが只で手に入ったから当時のバンドリーダーと2人で行ったのね。
資生堂ギャッツビーという商品のお披露目イベントだったと思う。「ギャッツビーライブIN 武道館The Day of Rock 」っていうイベントだったから。
出演者はBOOWY、シーナ&ロケット、ARB、そして清志郎、JL&C。
そこで感じたこと。
清志郎のヴォーカルの凄さだったの。
当時の武道館って今ほど音も良くないし、ぐるぐる回ってしまうからアリーナの後ろの方だとはっきりと歌詞が聞き取れなかったりしたんだよ。で、案の定BOOWYの氷室は何言ってるかわかんないし、シーナのヴォーカルも浮遊してた。石橋稜のヴォーカルはバリトンなんだけど、逆にコモッてしまって通らないわけ。
バンドリーダーと「何言ってるかわかんないね」なんて話をしながら帰ろうかと思っていたらようやく清志郎たちが出てきたわけ。相変わらずの高圧的な態度で。笑っちゃうんだけど。
で、いきなり「イエ~~~!」って叫んだのよ。
もう、アタシとリーダーはひっくり返りましたよ。
すげ~。ちゃんと声が通っている・・・。
バンドの音もしっかり筋の通った音。チャカポコしてないわけ。チャーなんて歪みものとワウくらいしか使ってないんじゃないかね。とにかくシンプルな音だったし、マーちゃんのベースもゴリゴリしてたから(チューンだったかね)、とにかく耳障りなわけ。で、清志郎のヴォーカルも耳障りなわけ。
で、あの巨大な風呂場のような武道館に入るとしっかりクリアに聞こえたわけよ。
いや~参ったね。もう。
 でも、そん時のライブでは「SF」は演奏してないんだよ。まったく商売っ気の無い人たちで、自由だわ。そういえば「自由」って曲が最初の曲だったかね・・・。
だっていきなり出てきて「俺は付き合いにくいぜー!誰の言うこともきかね~!」って叫んじゃうんだもん。
笑うしかないね。
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 しかし、この頃のライブってFMとかでオンエアしていて、エアチェックしたから手元に音源はあるんだけど、「SF」とか「かくれんぼ」はCD化されないのかね。切望するわ。

2017/4/4
花形
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by yyra87gata | 2017-04-04 11:41 | コンサートレビュー | Comments(0)