音楽雑文集


by yyra87gata

<   2017年 06月 ( 1 )   > この月の画像一覧

ディランにみるブルース


d0286848_19395733.jpg


 ブルースはもともと黒人の労働歌から派生したものなので、小難しい歌詞が並ぶわけでは無い。そしてそれは、賛美歌やゴスペルのような神へのリスペクトを歌い上げるものでもない。どちらかと言えば、同じフレーズを繰り返し、人間のみじめさや憂いを醸し出す表現が多く、時に攻撃の言葉で彩られる。しかし、決してそのフレーズは白人に聴かれてもわからないような隠語やスラングを使い、笑顔で白人に対時しながら心の中で中指を立てて歌う。そんな刃のような歌だ。

虐げられた世界・・・貧困、差別、諦め・・・未来の無いプランテーションの中だけの世界。そんな苦境の中でも、農民は働いていれば幾ばくかの食料を得ることが出来る。動きを止めたら死に直結する下層社会に生きる彼らの上階で白人はパーティーを開いていた。そんな不平等を裁く者は無く、司法、警察も全て白人寄りで動くとなれば、気概のある黒人から黒人開放の運動が起きても何ら不思議では無い。その運動が最終的に暴力なのか、歌という表現なのか・・・。

ブルースはアメリカの作り上げた社会の汚点から派生した歌といえる。

ブルースのスタンダードは数多くある。

“Key to the Highway”というトラディショナルブルースがある。誰が作ったかもわからない歌だ。

この歌詞の中の“Key”は「鍵」?。“Highway”は「ハイウェイ」?

「ハイウェイの鍵」では意味が通じないが、黒人の境遇を慮ると、ハイウェイは自由な土地に続く道かもしれない。ハイウェイの先には自由があって、そのハイウェイに乗る権利を得るということでしっくりする。

それが証拠に、

Cause when I leavehere, baby. I won’t be back, no I won’t be back anymore.”

とある。つまり、もうここには帰ってこないよ、ということは、新たな希望の土地に行くと言うことであるからだ。


d0286848_19414100.jpg



 “Further on up the road”は、古くから歌い継がれるブルースのスタンダードである。フレディ・キングやTボーン・ウォーカー、ジェームズ・ブラウン、ゲイリー・ムーアなどがカバーしており、中でもエリック・クラプトンは映画「ラスト・ワルツ」の中でザ・バンドと競演している姿が印象的である。

さて、この“Further on up the road”だが、直訳すれば「この道のずっと先で…」となる。そして“Someone's gonna hurt you like hurt me”と続く。

「お前が俺にしたようにお前も誰かに傷つけられるぞ!」となる。

これも、まさにブルース。

You gotto reap just you sow. That old saying is true.”

蒔いた種を 刈り入れることになる 古い諺は真実だ」

因果応報の世界なのである。

こういったブルースの世界・・・魂の叫びは多くの人の心を動かすもので、そんな黒人音楽に共感した白人の若者たちは、1960年初頭よりエレキギターを手に取り始めた。

ホワイトブルースの誕生である。

その流れはアメリカよりもイギリスのバンドであるビートルズやローリング・ストーンズ、ヤードバーズやアニマルズなどがいち早く反応し、その流れを作り上げて行った。

そう、ホワイトブルースの主流はイギリスにあった。

それはアメリカの闇である差別が生んだ副産物である。

なぜなら、アメリカで中々歌う場所に恵まれなかった黒人のマディー・ウォーターズやオーティス・スパンが次々に渡英。特にソニーボーイ・ウィリアムソンⅡのイギリス公演にはバックミュージシャンとして若いヤードバーズが務めたことも大きな転機となったからだ。それまでのイギリスはアメリカでいうところのロカビリー~スキッフルブームで沸いていたが、刺激を求める若者はその軽さに飽き飽きしており、1950年代よりアレクシス・コーナーやジョン・メイオールが演じるブルースに火が点き始めていたのだ。

そして、1960年代半ばから後半にかけて、ブルース・ブレイカーズからクリームへと渡り歩いたエリック・クラプトンやヤードバーズから派生したレッド・ツェッペリンへの系譜がブリティッシュブルースを確立していくことになる。


同時期のアメリカでは、ロックンロールリバイバルに踊り、アメリカンポップスが花開いていたが、すぐにビートルズ旋風やブリティッシュ・インベイジョンの影響で蔑んでいた黒人の音楽を彼らから知ることになった。だから、音楽業界と前時代の大人たちは真っ向から黒人音楽に立ち向かうことになってしまったのだ。

しかし、白人はここでもパブリッシュという仕組みで黒人音楽で金儲けを始めていくから抜け目ないというかなんというか・・・。

そのような音楽のマグマが沸騰しかけていた頃、ボブ・ディランはサードアルバム『The Times They Are A-Changin'』(邦題「時代は変わる」)(1964)の中に衝撃的な作品を収録する。

“Only a Pawn in Their Game”(邦題「しがない歩兵」)は、黒人解放運動家が暗殺された事件を歌った作品だが、それまでの歌には無い表現がこの歌には組み込まれている。

冒頭のブルースしかり、黒人開放を訴える歌しかり・・・その事象をあるときはオブラートに包みながら、あるときは赤裸々に表現することが今までの歌にはなされてきた。しかし、ディランは「Only a Pawn in Their Game」の中で、黒人を虐げた者、暗殺をした白人のことについて、その男もある意味被害者なんだと訴えた。

しょせんそのプア・ホワイトは、大きな仕組みの中に組み込まれたただの駒に過ぎないのだと・・・。

貧しい白人は「お前は黒人にならなかっただけでもいいだろう・・・文句は言うな」とリッチな白人に言われるだけ。そして、「そのしがない歩兵はバカな上官の言うことが絶対なのだから、そのこと事体が一番の不幸なんだ!」と歌う。

黒人開放を事象だけ捉える歌はごまんとあるが、そのような作品とは一線を画す仕上りに、ディランの非凡さが際立つ作品となっている。

ディランは詩の世界が評価されているが、音楽の基本はブルースの3コードが意外と多い。但し、ディランのそれはトラディショナルブルースと違い、難解な歌詞が延々と紡がれている。

ディランを代表とするプロテストソングは、ただ嘆いたり憂いたりするだけでなく、政治的抗議のための歌であることから1960年代から派生したこれもひとつのホワイトブルースと読み替えても良いのではないだろうか。

白だ黒だと規制し、歌で意見を表現しなければならない境遇・・・。

歌の持つ力が遺憾なく発揮されるとも言えるが、住みにくい世界にこそ生まれた至宝の産物かもしれない。

d0286848_19463352.jpg


2017/6/21

花形


[PR]
by yyra87gata | 2017-06-21 19:57 | 音楽コラム | Comments(0)