音楽雑文集


by yyra87gata
 いつだって中古レコード屋「ハンター」とイシバシ楽器がデートのお決まりのコースだった。もちろん、映画やコンサート、公園のお散歩もあるけれど、必ず中古レコード屋や楽器屋があると、「ちょっと寄ろう。」ということになる。
 別々の高校に通っていた2人は、話す内容は、お互いの学校生活の報告会になる。その報告が終わるとお互いの趣味の話になる。彼女は文学少女だったので、流行作家から純文学までいろいろな話材を持っていた。僕も本は好きだったが彼女ほどの読書量は無く、途中からちんぷんかんぷんになることもしばしばあった。
  僕はというと、音楽の話に終始し、ロックやフォークの話を一生懸命つばを飛ばしながら話していたんだと思う。特に流行っている音楽には目もくれず、ちょっと古臭いロックを好み、音楽評論家を気取って難しい言葉で語っていたんだろう。それでも彼女は興味深く聞いてくれていた(んだと思う)。
加えて、ロック喫茶に入り浸っていると、彼女より喫茶店で知り合った大学生の兄ちゃんやヒッピーの姉さんなんかと話に花が咲く。彼女も音楽は好きだったが、一般的な流行歌を好む普通の高校生だったので、そんな輩をある種、奇異な目で見ていた。僕がタバコを吸うことも良く思ってなかった。
楽器屋で下手くそなエレキギターをかき鳴らし、それをいつも後ろから見守っていてくれていた彼女が振り返るとそこにいなかったことに気づいたのは、クリームのサンシャイン・ラブのソロを弾いている時だった。
パンクという音楽は嫌いじゃなかった。世の中の不満をぶつけるために音楽でしか表現できない「ひ弱さ」が、可愛いじゃない。せいいっぱいカッコつけてるじゃない。音楽で世の中を変えようと本気で思っているところが愛しいじゃない。
その年はなぜかパティスミス・グループの『イースター』(1978)を好んで聞いていた。1981年はMTVが台頭し、音楽がドンドン軽くなっていった。シンセドラムを聴いて吐き気を催した。そんなときに、『イースター』は心にしみた。不器用ながらも精魂込めて歌うカボソイ烏(カラス)のようなパティが、けっして上手くはないグループを従え、軽い時代を全否定するかのごとくパフォーマンスする。痛快に思えた。でも、何故心にしみたんだろう。

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彼女は戻ってこなかった。別れる理由さえいわなかった。
そんな時に『イースター』である。飾らない音と詞が、飾りすぎていた自分と対比したとき、何とも恥ずかしく思えてきた。高校生の恋愛なんて背伸びして、つっぱって、強がって、格好だけで行動して・・・。男は子供だ。
そんな時に『イースター』である。
アルバムに合わせながら、ギターを弾いたとき、涙があふれた。

2004年12月7日
花形  
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# by yyra87gata | 2012-12-12 18:49 | アルバムレビュー | Comments(0)
 クラプトンを好きになる年代がある、って知ってる?
ビートルズは音楽の教科書にも載っているくらいなので、英語を習い始める中学生になると大勢の人が身近になり、好きになる確率が高くなる。有名な曲も多く、歌詞もそんなに難しくないから英語に興味を持たせるために教師も親も推奨するくらいだ。ストーンズはちょっと歌詞もきわどいし、ビートルズじゃ飽き足りないどちらかというと男の子に人気があるバンドで、教師も親も顔をしかめる。ビートルズもストーンズと同じくらい悪いことをしているのにね・・・。「見てくれ」って大事だわ。

 さて、クラプトン。クラプトンを聞き始める時期だけど、僕は圧倒的に大学生から聞き始める人が多いと思う。もちろん中学生から聞き始める早熟な方もいるようだが、それはきっとエレキギターを弾いている一部の人間に過ぎないのではないか。
クラプトンはハンサムだし、ダンディで格好良いが、中学生や高校生が熱狂するようなタイプではない。ちょっと恋愛を経験している、もしくは進行形の人がはまっていくに相応しい枯れたヴォーカルの魅力で、ラブソングを自分に置き換えられる人が対象のような気がする。ギターは抜群に上手いが、女性は特にそんなところ見てもいないし、聞いちゃいない。渋い声で絞り上げるように歌う姿にしびれてしまうのだろう。いやぁでも、顔かな。でも今は少し肉が付いちゃって・・・。
男性は男性で、「クラプトン=趣味の良い音楽=女の子とのデートに欠かせないマストな音楽」というミーハーなアイテムとして使用している感もある。要はロックなんて気にせず、音楽として聴いている男性がデート用のBGMとして用意するっちゅうこと。これがビートルズやストーンズだとあまりにもポピュラーすぎて、女の子にひねりが無いと思われるのでデートミュージックにならんでしょ。そんな見栄っ張りな男性の気持ちが、功を奏して案外売れている要因だったりして。
車の中で「クラプトン聞く?」って聞かれるのと「ストーンズ聞く?」とか「ツェッペリン聞く?」っていう会話は明らかに前者の方がおさまりがいいものね。だから、勘違いファンが増えるんだわ。
1994年のツアーは、ゴリゴリのブルース・ツアーだった。「レイラ」も無ければ、「ワンダフル・トゥナイト」「サンシャイン・ラブ」もないブルースオンリーのツアーだった。クラプトンの一番やりたい音楽だ。
『フロム・ザ・クレイドル』(ゆりかごから・・・)というアルバムは前編ブルースのアルバムで、クラプトンのコアなファンでは、話題になった。そのツアーだった。しかし前年のグラミー賞を「ティアーズ・イン・へブン」で総なめにしているから、日本のにわかファンはヒット曲を期待する。このツアー、やけにカップルが多かったんだよね。みーんな、「レイラ」とか期待して・・・。最初から最後までずーっとブルース。女の子なんてあくびしてたもんな。男の方はみんな女の子の顔色を伺いながら焦ってるし・・・。僕はそれを見ながらゲラゲラ笑ってた。

 僕は高校時代からクラプトンを聞き始めたが、世に言う3大ギタリストの一角という認識で聞き始めた。しかし、最初に聞いたクラプトンは当時発表されたばかりの『バックレス』というアルバムで、レイドバックしたアメリカン・カントリーのようなアルバムだった。「これが3大ギタリスト?」と思ってしまうのも無理はない。3大ギタリストと呼ばれるクラプトンは、ヤードバーズやクリームの時期を指すと知ったのはあとになってからだ。
「ヴォーカルのうまいギタリストだなぁ」と思い、あれから四半世紀経ってしまった。
嫁さんに初めてクラプトンを聞かせたときは、ギターなんて聞いちゃいなかった。「ワンダフル・トゥナイト」の渋いボーカルと写真で見るひげ面の渋いクラプトンで彼女は一発でファンになった。そういえば、嫁さんも大学生から聴き始めているな。
そんなもんなんだよ。
ギタリストとしてのクラプトンという認識よりもボーカリストとしての認識が多くを占め(特に「ティアーズ・イン・ヘブン」以降)、老若男女が武道館を埋め尽くす中、高校生以下は今も昔もいなかった。

 ブルースを追いかけ、十字路で悪魔に魂を売り渡す寸前まで行った男。若くして神と呼ばれ、その重圧と戦い、時には天使の薬が体を蝕んだ男。親友の妻に恋をし、苦しみ、歌を捧げ、果ては自分のものにするが、その蜜月も長くは続かず自分逃避をはじめる男。よわっちい男だ。

 そんなこと考えて聞いてる人なんて、ごくわずかだわな。そんなこと考えて聞き始めたら、逆にセールス落ちるかもしれないし、世の中の購買層はそんなこと考えて聞いてないもんね。
①良いと思ったから聴く②流行っているから聴いておかなくては、と思う③大学生になったんだから今更J-POPじゃないだろう・・・
こんな感じで分かれて、クラプトンのセールスはググーンと上がっていくのだ。

 ちょっと強引な意見だが、あながち間違ってないと思う。
効果測定するなら、他のアーティスト名をクラプトンのところに当てはめてみるといい。一番しっくり来るのがクラプトンなんだよ。

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2004年12月6日
花形
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# by yyra87gata | 2012-12-12 18:01 | 音楽コラム | Comments(0)
  
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振り上げたこぶしを下ろせず、どうしていいかわからない時ってあるよね。ものにあたってみたり、ペットにあたってみたり。馬鹿正直な人ほどこの現象に陥るのだ。でも怒ることができる人はまだましさ。怒ることもせず、逃避してしまう人も世の中には大勢いると思う。しかも、自分を正当化して周りを巻き込んで・・・。この点になってくると、馬鹿なやつはおいつけない。

 ジョンとポールはとても仲良しだった。少なくても1966年のライブをやっていた頃までは。その後、お互いはそれぞれの才能をそれまで以上に開花させていく。「サージェント・ペパー~」を境にがらっと音楽性が変わったことは、何も録音技術の発展だけに起因するものではない。明らかにポールの中で、何かが変わった。アマチュア時代から好きな音楽として良くも悪くもインスパイヤーされていた、R&BやR&Rに加えてもっとオリジナリティなメロディーが開花していった。残りの3人はまだその変化に気づかず、特にジョンは詞の世界の方にディープダイブしていく。
B・エプスタインが死に、4人だけになったビートルズは、糸が切れた凧のように4人がばらばらに行動するようになる。インドにいくやつ、映画に出るやつ、妻子と離別するやつ、そしてより高度な音楽にのめりこむやつ。
舵取りのいない、まとまりの無いバンドはそれでも修正を図ろうとする。何か4人で一緒に行動すれば元通りの関係になるかもしれない、とポールは独り想う。出した答は「映画」。
関係を修復させるために意図したポールだったが、他の3人は「面白そうだ」という物見遊山で集まり、筋書きの無い実験的な映画に、悪ふざけでもしているかのように出演(「マジカル・ミステリー・ツアー」)。ポールの意図は通じず、逆に以前から3人の中に潜んでいた「ポールは仕切り屋」というレッテルを決定付けられてしまう。でも一番の被害者はそんな映画を見せられた観客であることに4人は気づいていない。そこに彼らの奢りがある。
 この頃からレコーディングでも4人が顔を合わせることが少なくなった。2枚組の通称ホワイトアルバムは、通し番号で綴られたシンプルな装丁である。中には4人のメンバーのアップ写真が4枚入っている。見ようによっては遺影に見える。バラバラの写真。一つのフレームにさえ入らないのか。しかし、ポールはこのホワイトアルバムについて、「もう一度真っ白な状態からやり直したかった」と言っている。
転がり始めた石は、坂道の途中で止めることが困難になってきた。ジョンはヨーコと出会う。ジョージはマハリシ・ヨギと出会う。リンゴは映画三昧(奥さんも女優)。そんな中、テレビの企画で生のビートルズを特集する企画が生まれる。ポールはゲットバック・セッションを提案する。なんとわかりやすいタイトルか・・・。4人はそれぞれの思いで集まった。
ジョンはヨーコを引き連れ、ジョージはセッション2日にしてぶちきれ、脱退を口走る。ポールの意図は仇となりかえってくる。5人目のビートルズとしてジョージはビリー・プレストンという第三者を連れてくることで機嫌が直るというへんてこな解決策。
 ポールの中では「ゲット・バック(戻って来い)」と叫び始めたが、セッションが終了する頃は「レット・イット・ビー(なすがまま)」になってしまった。
 ジョンもジョージもこの頃はいつでも辞めたいと思っていた。2人とも新しいパートナーとニューワールドに旅立ちたかった。
 でも解散を言い放ったのは、意外にもポールだった。バンド継続に力を注ぎ、それでも結果が見えないので、自分の手で息の根を止めてしまった。他の3人は怒った。裁判沙汰にもなった。
 こうやってファンに語られたニュースを綴るとポールはビートルズのためにがんばって、他の3人がビートルズから離れていったみたいだね。
そうだとしても、善悪を語りたがる人が世の中にはいて、ジョンを狂わせたヨーコのせいだとか、インドがビートルズを駄目にしたということを真面目に論じている。アホか。

 私は、原因は良くも悪くもポールにあると思う。なぜなら、ポールは3人と比べて、レベルの違う音楽家だったということだ。ポールのその才能にジョンは途中から気づき始めた。明らかに自分とはレベルが違う、と。そして、タイミングが重なっただけ。東洋の魔女との出会いだ。ジョンはポールから逃避していく。   
いつからジョンは平和主義者になったんだろう。いつからLOVE & PEACEなんて叫ぶようになったんだろう。音楽的に行き場を無くし、丁度ベトナム戦争が激化してきたから、これ幸いと運動に走ってしまったのではないかと勘ぐってしまう。
 ポールは昔から仕切り屋だ。そんなポールに嫌気がさしていたところに、ジョンは戦線離脱。ジョージとリンゴも行き場をなくした。
「ゲットバック・セッション」と呼ばれる映画「レット・イット・ビー」を見ても、しゃべっているのはポールばっかり。あとの3人はやる気が見えず、ジョージにいたってはチョーキングを指摘され、険悪なシーンもある。いやいや、解散の責任は誰にも無い。4人が大金を手にし、30歳という大人になっただけかもしれないな。

 振り上げたこぶしを下ろせず、どうしていいかわからない時ってあるよね。バンドにあたってみたり、世の中にあたってみたり。馬鹿正直なポールほどこの現象に陥るのだ。でもポールのように怒ることができる人はまだましさ。怒ることもせず、逃避してしまうジョンみたいな人も世の中には大勢いると思う。しかも、自分を正当化して平和運動を巻き込んで・・・。この点になってくると、ジョージやリンゴはおいつけない。
2004/12/4
花形
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# by yyra87gata | 2012-12-12 17:43 | 音楽コラム | Comments(0)

スタート!

今まで書き溜めた雑文の書庫として開設しました。
昔の文書もあるので、古いアルバムを見る感じで見ていただければ幸いです。
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# by yyra87gata | 2012-12-12 17:34 | その他 | Comments(0)