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音楽雑文集


by yyra87gata

ボブ・ディラン Bunkamuraオーチャードホール公演 2016年4月19日

ネタバレしていますので、公演をご覧になっていない方はご注意ください!

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私は恋の病を患っている
きみになんか会わなければよかった
私は恋なんかにはもううんざりなんだ
必死になってきみのことを忘れてしまおうとしている
何をすればいいのかまるで見当がつかないんだ
きみと一緒にいられるというなら 私は何もかも投げ出してしまうよ 
・・・「LOVESICK」(1997)

 1992年にディランは「もう、新曲は作らない」とマネージャーに言ったという噂が流れた。
「これまでに何百曲も作ったから、ファンだって混乱するだろう・・・」
1990年発表の『Under The Red Sky』以降オリジナル曲が発表されなくなった。
アルバムは毎年の様に発表されたが、トラディショナルのカバーであったり、コンピレーションであったり、ライブ盤であったり。
 そんなディランが、ダニエル・ラノアと再度タッグを組んで真剣に勝負したアルバムが1997年発表の『TIME OUT OF MIND』である。
そして、アルバムの1曲目に収録されている「LOVESICK」。生々しいまでのライブなディランのヴォーカルは、それまでの彼の表現力とは異なる凄みがあり、一気にワールドに引き込まれていく。
ボブ、56歳の頃の作品である。
 こんな切ない失恋の歌を今年の5月で75歳になろうとしている男が、コンサートの最後に歌い上げている。
そして、演奏が終わり、客に頭を下げるわけでもなく、仁王立ちでいる。そしてバンドメンバーを従え、スタンディングオベーションの中、表情一つ変えない。
踵を返し、ステージ裏に去っていくときの格好良さといったら・・・。

 本当にここ最近のディランは凄いとしか言いようが無い。
「音楽」なのだが、出てくる「音」はまるで読み聞かせをする親のような「言葉」なのだ。
それは歌い方を言っているのではなく、彼の「言葉」が浮き出て我々に入り込んでくるといった方が適切か。
今回のステージ(2016年4月19日・Bunkamuraオーチャードホール)では、古い作品は3~4曲で、2012年発表の渾身のオリジナルアルバム『TEMPEST』とフランク・シナトラが歌った曲のカバー集『SHADOWS IN THE NIGHT』(2015)からの選曲を中心に進められた。
 しかし、『TEMPEST』を生み出す伏線には2001年発表の『“Love And Theft”』の存在が大きいと思料する。なぜなら、現在のステージスタイルを確立したアメリカントラディショナルの作品は、このアルバムで余すことなく表現し、昇華したからだ。ロカビリー、ブルース、ジャズ、カントリーなど・・・。アメリカ音楽のルーツをディランが彼の目線で表現している。これもまた興味深い。
 つまり、1960年代にアコースティックギター1本で時代の寵児としてもてはやされ、オピニオンリーダーだった男の50年後の作品が、アメリカンルーツミュージックだったというところに時代の縁を感じる。
しかし、そうやって時代とともに生き、その中でも自己変革を繰り返しながら変わっていくところがディランらしい(本人はこんなことを憶測で書かれることも良しとしないだろうが・・・)。
 
 2016年のディランのステージは恐ろしいまでに無駄を排除したものだ。
長いギターソロがあるわけでもなく、ディランの声が客に届けばそれ以上のことはあるか、と言わんばかりに歌い上げて終る。それまでのしゃがれた声で音程を気にしながらナーバスに歌う彼を想像してはいけない。彼はなんと歌の上手い表現者か!

 そう、本当の歌の上手さとは、表現力である。聞き手を圧倒する表現なのだ。
ディランは今回のステージで『SHADOWS IN THE NIGHT』から「枯れ葉」をセレクトしているが、この「枯れ葉」は、フランク・シナトラやイブ・モンタン、エディット・ピアフ、ナット・キング・コールなど数多くのミュージシャンにカバーされている曲だ。しかし、ディランのそれはスウィングするわけでも無く、寂しげなうつろいを表現するわけでもない。
我々に恐ろしいまでの緊張感を、植えつけていく。長旅の途中の74歳の男が、真正面から歌い上げてくる。その枯れ葉は、ディラン自身であるかのように。
男の生き様が見えた瞬間だ。

 コンサートはアンコールの「LOVESICK」が終了し、バンドメンバーがステージ前方で横並びになり、ディランは微動だにせず、我々を見つめる。
踵を返した瞬間、ふと笑った気がしたが、気のせいか・・・。

2016年4月21日
花形
by yyra87gata | 2016-04-21 15:02 | コンサートレビュー | Comments(0)