音楽雑文集


by yyra87gata

明日なき暴走 ブルース・スプリングスティーン

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 私の好きなスプリングスティーンは「アメリカで生まれた!」と叫ぶマッチョでは無い。ニュージャージーの裏町にいる痩せこけた野良犬がちょっと卑屈な眼差しで世間を斜めに見ているような・・・。いつかは雷轟く道を辿り、約束の地で栄光の日を夢見る男。
 学校の勉強より仲間とロックンロールビートに浸り、土曜の夜にはじけることだけを考えているティーンエイジャー。

そして、野心だけをカバンに詰め込み、汗のにじんだテレキャスターを背にし、ニューヨークへと旅立つ。細身の身体は粋がって大きく見せているが、どこかおどおどしていて、目だけは野心に燃えている。そんな男だ。

70年代中盤、アメリカ、イギリスの音楽はカオスだった。ハードロック、パンク、AOR、グラムロック、ブルースなどが入り乱れ、シングルヒットで評価される音楽業界がアルバムへと目が向き、その後アルバムのメガヒットへとシフトしていくようになる。

時代はクィーンやKISS、エアロスミスといったビジュアルにも長けたロックバンドやボズ・スキャッグスやスティーリーダンといった落ち着いた趣のバンドがセールスを伸ばし始め、キャロル・キングやエルトン・ジョンといったシンガーソングライターはブームが過ぎ去り、ブラックパワーはファンクビートに乗せてソウルトレインに乗車していた。そんな入り乱れた音楽地図の中をスプリングスティーンはただストレートなロックンロールで突き進む。

そんな猛々しい8ビートのロックンロールをステージ狭しと展開していたことは、海外でのライブレポートを読む私の胸を膨らませたが、フォークロックの趣深いファーストアルバム『アズベリ・パークからの挨拶』(1973)も妙なブラスが参加し、音を厚くさせたジャージーにも聞こえるセカンドアルバム『青春の叫び』(1973)も違和感が募る。

彼のパフォーマンスを必死に感じようとするのだが、「ミュージックライフ誌」に掲載されている写真とアルバムから出る音が、上手く結びつかなかったのだ。

ライブグラビアでは、スプリングスティーンはテレキャスターをかきむしり(テレキャスではなくエスクワイヤーにエクストラ・テレキャスターのピックアップを取り付けたことは後で知るのだが)、グランドピアノの上からジャンプし、聴衆を煽る分かりやすいアクション。汗を撒き散らし、細身の身体をしならせてのけぞりながらギターをかき鳴らしている。

セカンドアルバムから約2年。

とうとうそのアルバムは姿を見せる。1975年の夏だった。

FENはカオスとなっていた。

イーグルスの「呪われた夜」、ジェファーソン・スターシップの「ミラクルズ」、エアロスミスの「ウォーク・ディス・ウェイ」、クィーンの「ボヘミアン・ラプソディー」、ウィングスの「あの娘におせっかい」がぐるぐるとヘビーローテーションしている。

そんな中にいきなりのスプリングスティーンのシンプルな8ビートが炸裂した。

『明日なき暴走』(1975)。 “BORN TO RUN”を「明日なき暴走」と題するセンス。

ガキの私はしびれた。

それはどんなヘビーメタルな音よりも生音のまる裸の音圧が響きまくり、耳障りな裏街の音だった。

まさにミュージックライフ誌でみたあのライブ写真の音だ。

しかもA面からB面へと一気に炸裂し、その暴走は39分で終了。なんと潔いことか。

ロックンロールの潔さ。駆け抜ける美しさ。

華美で、様式美のロックもいいが、このアルバムは混沌とした世界に向けてストレートな一撃をくらわした。

もちろん、ただのロックンロールで終わらないことは、このアルバムの最後に収録された「ジャングルランド」を聴けば合点がいく。9分半に及ぶこの大曲のアレンジはスプリングスティーンの同郷であるチャーリー・カレロが担当しており、自身が結成したフォー・シーズンズばりの歌心を持ったアレンジとなっている。そしてそれは、スプリングスティーンの懐の深さを物語っている。

このアルバムは1970年代中盤に見られたメガヒットアルバムの仲間入りはしなかったものの、長く愛され、未だにスプリングスティーンの代表アルバムとして推す人も多い。

そして音だけでなく、アルバムデザインも秀逸で、見開きの背表紙はサックスを吹くクラレンス・クレモンズの肩越しに寄りかかり笑みを浮かべる細身のスプリングスティーン。その格好良さといったら・・・。

やっぱりロックンローラーはマッチョじゃだめなんだよ。

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2018/1/19

花形


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by yyra87gata | 2018-01-19 16:57 | アルバムレビュー | Comments(0)