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音楽雑文集


by yyra87gata

SONGS & FRIENDS 小坂忠「ほうろう」

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 1126()2150分。

東京国際フォーラムは満員の歓声に包まれていた。

SONGS & FRIENDS 小坂忠「ほうろう」と題されたコンサート。このコンサートのプロデューサーである武部聡志のピアノをバックに小坂忠は、最後の歌「You Are So Beautiful.」を歌いあげた。

優しく伸びるヴォーカルと一緒にピアノの音が漆黒の闇に溶けていき、それが無音になったと同時に会場からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。

それは、まさにミラクルの瞬間だった。

総合演出の松任谷正隆はコンサートの企画段階で小坂忠に次のように告げたという。

「このコンサートは名盤「ほうろう」を制作したミュージシャンがこのアルバムを次の世代に継ぐため、コンサート開催したいということ。そしてもうひとつ裏テーマがあり、それは(忠さんを取り巻く)ミラクル(奇跡)を起こすということです。」

コンサートは舞台を教会に見立て、鬼無宣寿ゴスペルクワイアがアカペラで歌う「You Are So Beautiful.」から始まった。

声という楽器。身震いするような音圧が会場を包んだ。

その中で音楽プロデューサーの武部聡志はこのコンサートの趣旨を説明した。

1975年発表の小坂忠『ほうろう』という歴史的アルバムのもつ凄さを、そして小坂忠という人物について・・・
小坂忠を取り巻くアーティストやミュージシャンが総勢30名集まり、1960年代後半から活動を始めた彼の歩み、アルバム『ほうろう』の全曲再現。
そしてそこには次世代のミュージシャンも加わり、小坂忠の音楽を若い解釈で実演する試みもあると。
これは、日本の軽音楽の歴史の1ページになると確信した。

 トップバッターは小坂忠の愛娘のAsiahが、武部聡志のピアノをバックに歌った。

小坂忠の最初のミラクルの張本人。

小坂がコンサート中のMCでも話していたが、アルバム『ほうろう』を制作し、そのコンサートツアーも大成功に終わり、家でくつろいでいた時にその悲劇は起こる。

娘が熱湯を頭から被ってしまう事故が起き、生死を彷徨ったという。

幸せから絶望の淵に堕とされた。

小坂忠は祈ることしかできなかったという。そして近所のおばあさんから言われ、教会に通い、祈ったという。

神の啓示を受けたかどうかは、本人しかわからないことだが、そこでミラクルが起きる。

1ヶ月後、娘は元気に復活したのだ。
小坂忠はそれまでの音楽活動を断ち、教会活動に没頭する。愛を与えられ、娘は復活した。今度は自分が他人に愛を与える番であると。
そして彼は牧師となり、それは今でも続いている。
 

 コンサートは『ほうろう』に至る前、たった1年間だけ活動していた小坂忠とフォージョハーフの再結成の演奏となった。

ドラム:林立夫、スチールギター:駒沢裕城、ベース:後藤次利、キーボード:松任谷正隆。(サポートコーラス:佐々木久美、佐々木しおり、今井マサキ)

まだ、小坂忠が自分のヴォーカルスタイルを模索しているときの作品が披露された。

『ほうろう』は小坂忠のソロ4枚目のアルバムである。それまでのヴォーカルスタイルは細野晴臣とのコラボレーションの印象が色濃く、演奏もどこか“はっぴいえんど”の延長線上にあるような作風であった。だから独自のヴォーカルという感覚が無かったのかもしれない。(ちなみに当初“はっぴいえんど”のヴォーカルは大瀧詠一ではなく小坂忠という噂もあったが、小坂がミュージカル「ヘアー」のオーディションに合格してしまったことからこの話は無くなったと言う)
フォージョハーフをバックに歌う小坂忠はノスタルジックなカントリーの趣があり、松任谷正隆が好むザ・バンドの影響がここかしこにあらわれていた。

 次のセクションで音は一変する。

ドラム:屋敷豪太、ベース:根岸孝旨、ギター:小倉博和、キーボード:武部聡志のハウスバンドにさかいゆうや田島貴男、槇原敬之、CHARなどを加え、小坂忠よりも一世代も二世代も下のミュージシャンが彼らなりの解釈で小坂忠の音を披露した。誰もが小坂へのリスペクトを述べ、音で、歌で、応えていた。
 このセクションの特筆は屋敷豪太のドラムである。タイトなリズムが43年前のアルバムの作品を今の音に変えているのだ。アレンジは屋敷豪太のアイデアであるとさかいゆうもMCで話していたが、それはそれは客を飽きさせない演出であった。
観客の目的は小坂忠の歌を聞きにきていることが大半だろうが、こういう優れたカバーを出されると嬉しくなるものである。

アコースティクセクションでは小坂忠が登場。

荒井由実、矢野顕子(アルバムでは鈴木晶子名義)がピアノで小坂忠を支える。

ユーミンもアッコちゃんも小坂忠の前ではティーンエイジャーに戻ってしまう。そして、BIGIN、高橋幸宏を迎え、現在の小坂忠の活動も披露された。


ラストセクションはアルバム『ほうろう』の演奏。

ドラム:林立夫、ベース:小原礼、ギター:鈴木茂、キーボード:松任谷正隆、武部聡志、パーカッション:浜口茂外也

「ほうろう」のアーシーな演奏。ギターの鈴木茂は最近でも一番小坂忠と活動しているミュージシャンであるが、とにかく歌をサポートするギターの素晴らしさは芸術的である。

レコードのまま。いや、レコード以上の心地よい緊張感が会場を包んだ。

小坂忠はMCでこの『ほうろう』というアルバムをこのメンバーで制作できたことが、ミラクルであると言った。奇跡のようなアルバムだと。自分の歌い方がはっきりとわかった、そんなアルバムだと。そんな奇跡のアルバムを制作したプロデューサー細野晴臣を呼ぶと、彼はベースを構えた。

次々とゲストが登場して歌に彩を添える。

吉田美奈子はレコードではシュガーベイブと並んで重要なコーラスパートを担っていた。その迫力を増した声が会場に木霊する。

尾崎亜美は小坂忠が病に倒れたとき、彼の復活を祈りながら代役でコンサートを受け持ったことがあるという。その時のことを思うと今がミラクルだと言った。

小坂忠のMC

「昨年自分の身体に癌が見つかりました。ステージ4と言われました。大腸、胆のう、胃の3箇所に見つかったのです。それを全部摘出しました・・・リハビリを行い、復帰しました・・・」

現在70歳の小坂忠が通る声で話す。私は舞台セットを見直しながら、これはミサであると思った。牧師の小坂忠がそこにいた。
「人間が絶頂に楽しい時から、いきなりどん底に堕とされること。これを奇跡と呼びません。どん底から這い上がった時を奇跡といいます。私はこれまでに3回の奇跡を起こしたと言ってもいいでしょう。奇跡のアルバムの制作、娘の身体の奇跡、そしてこうやって皆さんの前で歌っている奇跡・・・」

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祈りと願いは似ているようで正反対のことである。

祈りは他の幸せを想う温かい心で、そこに見返りを求めない。

対して、願いは自分の想いを対象に飛ばす行為で、見返りを求めるから欲やエゴにより陰の波動となる。

私たちが初詣や神頼みをするとき、それは祈りではなく願いということだ。

宝くじが当たりますように・・・

彼氏ができますように・・・

痩せますように・・・

これは祈りではなく「お願い」である。

特にキリスト教では祈りは神の言葉を聞いて、それに基づいて祈る事で私欲による成就を願うより、信仰に基づいた「決意表明」としている。

小坂忠が娘の身体を思って祈ったこと・・・

娘の身体が元にもどり、幸せな家庭が再び作れるように私は全身全霊で祈ります。そして、神のご加護を感謝し、再び仲間と笑顔で過ごしますと決意表明をしたのではないだろうか。

小坂忠自身が病に倒れた時も、神に感謝の気持ちを忘れずに、再び舞台で歌い上げる姿を想像しながら祈り続けたのではないだろうか。
今がどうだとか、どうやってもこの願いは叶わないと思うことでも、望む未来を確定するとその未来に向かって行けるように必要な物や事柄がもたらされ、その結果、願いは叶い、奇跡が起きるのだと思うのだ。
カーティス・メイフィールドの「People Get Ready」を演奏していたとき、歌詞の中の「この列車に乗り込めばいい・・・この列車が幸福の国に連れて行ってくれる」とあることを思い出した。列車に乗り込むことが祈りなのである。

アンコールはミュージシャンが全員集まり、「ゆうがたラブ」の大セッション。

ギタリストもドラマーもベーシストもみんなでソロ回し。ヴォーカリストは「げっかーすいは!」「もっきんどーは!」のコーラスで応酬。

出演者みんなが笑顔で演奏していた。

熱い演奏が終り、ミュージシャンが小坂忠にハグを求め、全員が舞台裏にはけたあと・・・

小坂忠は最後の歌「You Are So Beautiful.」を歌いあげた。
その瞬間・・・彼にとって4回目のミラクルを会場全員が感じた夜となった。このコンサートがミラクルである!


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以上
2018/11/28
花形



by yyra87gata | 2018-11-28 20:04 | コンサートレビュー | Comments(0)