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音楽雑文集


by yyra87gata

水の中のASIAへ 松任谷由実

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 1981年に30センチシングルとして発表した『水の中のASIAへ』。

アジア諸国を題材に、ユーミンワールドを展開している。

正直このレコードが発表された時、私は違和感だらけであった。

海外レコーディングも珍しいものではなくなり、日本の音楽が欧米を中心に出ていくこともそんなに先の話ではないだろうと思っていた時に、いきなり「アジア」だったからである。

1972年に日中国交正常化となり、海外旅行、シルクロードブームが起き、アジアが近くなったとはいえ、日本人の意識は欧米の方に向いていたと思うし、流行の最先端であったユーミンがアジアというのもミスマッチに思えた。

日本人の意識として欧米に対する考え方とアジア諸国に対する考え方は歴史背景もあり無意識のうちに変換されていることが多い。

それは、日本がアジア諸国では戦争での勝利国であり、欧米に対しては敗戦国であることが起因しているように思う。日本の高度成長に伴い、中国をはじめとするアジア諸国に日本企業が現地法人を展開していく。それは、高騰する労働者賃金を抑えるために外国で生産を行うという現象が起き、中国は世界の生産工場とまで言われた。そんなイメージだったアジアを題材にしたこと・・・ユーミンはもともとヨーロッパ志向であるし、前年には『時のないホテル』といった「もろヨーロッパ」という雰囲気のアルバムを発表していたので、そのギャップに驚いたのだ。

このアルバムには「スラバヤ通りの妹へ」「HONG KONG NIGHT SIGHT」「大連慕情」「わき役でいいから」の4曲が収録されている。

実際にレコードに針を落とすとユーミンワールドに誘われ、違和感は無くなっていった。それは、ユーミンの歴史に触れた感覚だったのかもしれない。当然フィクションの世界であるが、日本人のアジア観はある意味ふるさとであり、アジア人としての接し方になったのかもしれない。そんな良曲の4曲であるが、私は最後に収録されている「わき役でいいから」を推す。

アルバムの4曲はアジアをテーマにしており、スラバヤ(インドネシア)も香港(当時は香港)も大連(中国)も明確な地名とともに物語は展開しているが、最後の「わき役でいいから」には特定の場所は明示されていない。

「通りをスコールが駆けて来る時刻」

でASIAの暑い国というイメージか。

「去年は気軽に電話をすれば、すぐ会いに行ける近さだったね」

「ハネをあげながら曲がったバスは、懐かしい街へ煙って消えるの」

などの歌詞が唯一の手掛かり。

それ以外は異国の地で結婚してしまうかつての恋人に対する純粋なまでの想いが綴られている。

そして

「ときには思い出して、夢の中のわき役でいいから」と結ぶ切ないラブソングである。

4曲の作品の中で、他の3曲は情景や父への思いなどを描写した風景画のような作品に対し、この「わき役でいいから」は明るい8ビートからは考えられないほどの切ない歌に仕上がっているのだ。

楽曲的にもメジャーコードのシンプルなもので、間奏のギターソロも転調のギミックはあるもののメロディーラインをなぞったものだ。しかし、そんな中に

「時には泣きじゃくって、カラリと去っていく雨になりたい」といった切ない言葉が並べられると、この『水の中のASIAへ』の締めの曲として最高に仕上がったものとして成立している。

ちなみにこのアルバムが発表された時、レコーディングに参加した鈴木茂はラジオ番組で、「わき役でいいから」のギターソロは演奏した本人も唸るほどの絶品の出来で、特にエンディングのスラーがフィードバックで伸びていくところは奇跡の出来だと語っていたことを思い出す。

アルバムを通してみて思うことは、「水」の意味は涙とも取れるのではないだろうか。

ラサ・サヤンゲ(愛おしい、可愛いね)と歌う「スラバヤ通りの妹へ」は、サヤンゲの意味が「残念」という意味もあることで歌詞の多様性に驚かされる。そんな純粋な瞳の少女を想う涙があるのではないか。

香港のあまりにもきれいな夜景に感動する涙。

大連の父が母にむけた手紙を見つけその想いに嬉しくなる涙。

そして、「わき役でいいから」は説明はいらないだろう。実際に「涙」という言葉も出てくる。

ユーミンがASIAに寄せた4曲の歌。

もしかしたら、我々の暮らすASIAに決着をつけて、新しい80年代に向かった作品だったのかもしれない。

なぜなら、次の『昨晩お会いしましょう』『PEARL PIERCE』『REINCARNATION』と続いていく作品を見れば、わかるというものだ。作風がアーバンへと向かっていることが明らかにこのアルバムの異質さを浮き彫りにしている。そして、このどこか懐かしいイメージが想起する作品は、古い写真のアルバムのようでもある。

 時代を鋭く切り抜く作品も、普遍性を訴える作品もユーミンにかかれば、一流の音楽になるが、この『水の中のASIAへ』は、いつも心のどこかに引っかかる作品で、しばしばターンテーブルに乗せてしまうアルバムだ。


以上


36日(金)

花形

今日は、ユーミンが好きなお袋の誕生日だった。


by yyra87gata | 2020-03-06 20:57 | アルバムレビュー | Comments(0)