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ジョニー・ルイス&チャー 解散コンサート

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 開場された客席には雨合羽と傘の花が咲き乱れる。そんな大雨の日比谷野外音楽堂。観客を入れての公開リハーサルは続き、チャーは「去年の雨」をというフレーズを「1979年の雨」と変えて、それが「まだ降り止まない!」と叫んだ。私の隣で雨合羽をかぶっている家内は雨のコンサートが大好きで、何かハプニングがあることを期待して嬉々としていた。

タオルを口に咥えたチャーはビンテージのバーガンディ・ミストのストラトキャスターのボディやネックを神経質に拭きながら、リハーサルを進める。
 雷の轟く中、3人の音は雨の野音に響き、リハーサルからヒートアップした演奏が行われていた。

1994916日、日本武道館においてピンククラウドは最終公演「the period」を行なった。そして、翌917日に日比谷野外音楽堂でジョニー・ルイス&チャーの解散コンサート「FREE SPIRIT 1979.7.14-1994.9.17」を。なぜ今更、解散しなければならないのか、という疑問。

 あの3人はいつだって自由だし、好きな時に集まって、飾りっ気のない本質のロックンロールを奏でていてくれれば、それで十分だったから・・・。逆に既成のロックスタイルにとらわれてしまうことで、彼らの良さが無くなるとも思っていた。

それは、もしかしたら1988年頃からチャーはソロ活動に力を入れ、サイケデリックスを結成していたし、ジョニーもソロプロジェクトでライブハウスなどに頻繁に出ていたことが要因なのか?しかし、そんな個人活動はあったとしても3人が集まって「せーの!」で音を出せば全て解決みたいな世界を勝手に我々は想像していただけなのか。

 
 解散コンサート終了の数か月後、解散コンサートの模様と3人へのそれぞれのインタビューを収録したビデオやLDが発売された。

そのインタビュー。3人は一緒に映ることなく、それぞれが思いを吐露している。

よく、バンドの解散の理由は本人たちだけにしかわからないこと、というが、まさにこのインタビューを見ていてもそんな感じがした。

 簡単に言えば、チャーは新しい階段を昇りたいと思っている(意志)。ジョニーはもともとFREE SPIRITの言葉のとおり、3人が始めたバンドだから、途中でレコード会社の意向などが入り、ピンククラウドと改名したあたりから窮屈さを感じていた(傍観者)。ルイズ・ルイスは別に解散しなくてもいいんじゃないの、何故解散という道なの?と呟く(疑問符)。

 しかし、ビデオでは語られない事実だって沢山あるはずで、特に金銭面などは表に出せないこともあるだろう。

 チャーは自由で奔放なイメージがあるが、音楽をビジネスとして考えることができる人なのだと思う。高校時代からプロ活動していく中で、自然に備わった感覚もあるし、大きなレコード会社に属するよりもあえて「江戸屋レコード」なるインディーズを立ち上げ、通信販売で手売りするというプリミティブな試みをするラジカルさを持つ。

日本のマーケットの中でのロックというジャンルの立ち位置や、自らのスタンスなどを肌感覚で感じ取ることが出来るからこそ、歌謡曲のフィールドからロックミュージシャンに転身した際も、全て体験した強みが説得力を増し、人々に好意的に受け入れられたのではないか。
 ジョニー・ルイス&チャー の凄みは3人にしか出せない緊張感であり、自由奔放な音楽表現である。精神的に通じ合う人間にしか出せない音の塊だ。

歌謡界のしきたりやマリファナ疑惑という窮屈な世界から自由な音楽の世界に旅立ったチャーは、素敵なトリオを組んだ。

しかし、バンドが大きくなり、レコード会社も口を出すようになり、名前を変え、契約による制作枚数を強いられ、いつのまにか当初の自由さが無くなっていく。

しかも、ジョニーやルイズ・ルイスは率先して何かをしていくタイプではないから、チャーが一人「からまわり」することも容易に想像できる。

そんな事を知らないファンは勝手にミュージシャンを自分の判断基準で評するから、解散といきなり言われても納得はできない。ただただ、彼らを見守るしかない。ここにも「からまわり」。

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 いつものスリリングな演奏が始まった。解散という重い状況を感じさせることなく、緊張感のある演奏である。ステージの後ろには金子マリやチャーの奥さんもイスに座って3人の演奏を見守っている。1979年からずっとずっと見守ってきた3人の演奏をしっかりと同じステージ上で受け止めているのだろう。雨も小降りになり、月も出てきた。

まさにジョニー・ルイス&チャーのシンボルマークのような演出。

ずぶぬれになった私と家内は総立ちのコンサートを楽しんでいた。

本当に、本当に最後なのか・・・と思いながら。

アンコールは4回も行なった。最後の「Smoky」を演奏し終わっても観客は中々帰らない。帰ったら、もう二度会えないことがみんなわかっているから。

 15年前のデビューコンサートと一緒だ・・・大雨で始まったコンサートが終了時には上がっていた。

しかし、観客の心の中の雨は降りやまない。
「どうもありがとう。また来世紀に会おうか、ハハハ。雨の中、本当にどうもありがとう。またね。」とチャーは言葉を放った。笑うに笑えないとはこのことで、観客の「永遠に演奏して欲しい」という無茶な要求だけが野音の空に溶けていた。本当に、本当に奇跡のようなトリオだった。
 3人の間(ま)は3人のスピリットが合致して成立する。例えば「Smoky」のイントロ。3連のコードカッティングの後のギターソロに入る間(ま)などは、彼ら3人でしか出せない間(ま)であった。

チャーのアルバム『U.S.J』(1981)でこの「Smoky」をスティーブ・ルカサーをはじめとするアメリカのミュージシャンとレコーディングしているが、しっかりメトロノーム通りの間の抜けたヴァーションとして残っている。

スリリングな演奏ということであれば、この3人が出す音の右に出るものは無いだろう。

今ではビデオ映像でしか楽しめないが、生を見ることが出来たということだけでも良しとしなければならないか。
奇跡の3人だった。

※ちなみに、ジョニー・ルイス&チャーは、「来世紀」を待たずに特別なイベントの時に数回再結成するが、
1994年までの緊張感はなく、リハーサル不足がわかるほどの無様な演奏だった。期待が大きかっただけに残念で仕方ない。


以上

202068

花形
最後にこのキャプチャー。なんとビデオに私と家内が数回映り込んでます。このビデオ、捨てられない。

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by yyra87gata | 2020-06-08 19:06 | コンサートレビュー | Comments(0)